霹靂





霹靂



色褪せぬ悪夢に
押し寄せるは噎ぶ己

寒さも和らぐ春の夜。
桜の蕾も付きはじめ、まさに春の訪れだろう。
だが左近は杞憂にも似た感情に苛まれていた。
この、激しい豪雨と雷である。
けたたましい横殴りの雨に木々は稲穂のようにしなり、雷は障子をがたがたと揺らす。
昼か夜かも分からない程暗雲が立ち込めてもいる。
なんとも不吉。
「…まぁ、仕方ない。明日になればまた状勢も変わる…」
こんな日には、さっさと寝るに限る。
障子の白が際立ったと同時に崖崩れの音がした。
かなり近い…
左近は障子を見ながらそんなことを考えた。
「…さぁって、寝ますか」
自室にひいた布団に近寄り、灯火を手で消した。
「…左近?」
刹那、三成の声と雷の轟きが相俟って左近の心臓が止まりそうになった。
「…どっ…どうしたんです?」
振りかえると、障子を少し開けて三成が覗いている。
が、雷が鳴れば顔は分からなくなり影絵の様に全身が黒塗りになる。
「………入っても、良いか…」
三成は返事も聞かないまま、なだれる様に部屋に入って、障子を閉めた。
訝しげに思い近付く。
「…殿!何がありました!」
あのいつも高慢ちきな、自信ありげに斜に構えている殿が。
泣きに腫らした情けない面で、わなわなと震えているではないか。
思わず、肩を掴み問い質そうとした。
「嫌だ!」
ぴかっと部屋を白くした光に、三成の端正な顔が崩れた。
咄嗟に左近の手を退けて、三成は後退る。
睨み付ける瞳は仄かに潤み、震える体を隠そうとしているのか床に爪を立てている。
どう考えても尋常ではない。
「…殿」
左近がすり寄ると、三成は体をびくつかせてせがんだ。
「気に入らないなら、謝る、俺の何が気に入らぬ、止めてくれ、嫌だ」
目を瞑り、懇願する三成。
左近はこれ以上近寄ってはいけないと思い、部屋の端まで離れた。
「…殿!聞こえますか?左近に、島の左近にありまする!」
夜中だが台風とも違わぬ暴風雨に、左近の大声も気にするものは居ない。
気にするものが居たとて、殿が最優先ではあるが。
三成が顔を擡げた。
「今日はどう為された。俺に何をしにきたのですか?」
「…左近、左近」
三成は立ち上がり、左近に歩み寄ろうとする。
脈絡が全く分からない。
途端、昼と間違う程の明るさで雷が光り、姦しい雷鳴が響く。
三成は竦み、しゃがみ込んでしまった。
雷が怖いのか?
左近はそう思ったがそれにしたって大袈裟じゃないだろうか。
殿の性格ならやせ我慢のひとつでもするだろうし。
ましてや囃立てられでもしたら内心泣きながらも雨の中に飛び出して行くような御仁。
「左近っ!」
蹲ったまま、三成は叫んだ。
左近は動転しながらも三成を呼んだ。
「殿!俺を見て下さい。」
怖々と頭を上げ三成は左近を見た。
左近はゆっくりと近寄る。
「…俺を見て居てくださいね」
三成は小さく頷いた。
決して目付けを外さずに、左近は三成の目の前に座った。
「分かりますか、左近ですよ」
三成は分かると言って胸に飛び込んで来た。
状況はいまいち腑に落ちないが、嫌われた訳では無さそうだ。
優しく背を叩いてやると、名前を呼んでくれと頼まれた。
「三成様…」
世辞にも肉付きが良いとは言えない体が、余計に痩せたように感じる。
浮足立つ様を見せていた三成も落ち着いてきたのか、瞳が冷静な色を戻し始めた。
「…昔」
三成はぽつりと言葉を落とした。