霹靂









「…この様な雷雨の時分に…」
屋根に叩き付ける雨が、小さな声を飲み込む。
しかし、左近にだけははっきりと、残酷な程明瞭に意味が伝わる。
三成の数珠繋ぎの言葉。
その言葉の断片に左近の身が震えた。
外は荒れて煩い筈なのに、左近の耳には入らなかった。
閃光が三成の顔を照らして消える。
左近は有無を言わさず三成抱き寄せる。
そして壊れんばかりに抱き締めた。
気の利いた言葉が浮かばない。
「もう心配要らない…必ず守ります故に…」
口から出るのは陳腐な台詞ばかり。
腑甲斐無さで途方に暮れてしまう。
ただ俺が、殿を救う方法として浮かぶのは。
危害を加えないと言う事を証明するのみ。
生まれたての雛の様に目を伏せて震える三成を、左近はただ抱き締めて天井を仰いだ。
そうまこと、この城が濁流に流されているようだ。
全ての障子は雨戸があるのにも関わらず、鳴声に似た音を出す。
まるで目の前の愛しい人の心ではないか。
「…命に変えてもお守り致します…この左近が…」
三成の目尻から、ついに涙が零れる。

 * * * 

眉目秀麗にして一を学んで十を知る。
それは、同輩にとってどれだけ憎い存在なのだろう。
目上に愛でられ、目下には羨望の的。
反感を買わずには居られないだろう。
ある寺、秀吉に見出される前の、嵐の夜。
「…っなにをっ…」
悪足掻きとも言えるだろう抵抗も、この人数に押さえ付けられては意味もなさない。
「赤子の手を捻るようなものだ」
三成の胴に馬乗りになった身なりの大きい奴は、そう言ってほくそ笑んだ。
「こうやって…」
そいつはさも簡単に喉仏に手をかけて、ゆっくりと圧をかける。
誇り高い三成はひたすら耐えて叫び声はおろか、涙さえ見せない。
「お高くとまりやがって」
「その澄し顔胸糞悪い」
「何様のつもりだ」
あちらこちらから聞こえる罵声と野次。
しかし、外の暴風雨は全てをかき消す。
誰も助けに来ない。誰も知らない。
だが、屈するのだけは誇りが許さない。
「…屠ったら、どうだ…」
精一杯笑ってやると、そいつらは真っ赤になって憤怒した。
「おのれ!」
横腹を蹴られ太股を殴られても、歯を食いしばり耐えた。
そいつらがそんなとこばかり狙うのは着物に隠れているからだ。
なんて、気の弱い奴等。
だが、やはり耐えているのだから涼しい顔をしていてもどこからかぼろが出る。
三成は、額や拳に大量の汗をかいていた。
それを見た一人がくすりと笑った。
「…良く見るとなかなか婀娜っぽくないか…」
三成の背筋が凍る。
まさか、これだけ罵った相手にそんな感情を抱くはずはないと高を括っていた。
だから、あんな挑発をしたのだ。
表情が引きつったのを見て次々奴等の顔のにやけが伝染してゆく。
「…そうだな、だが些か可愛げがない…」
「それこそもとよりだろう」
気色の悪いほほ笑みが、全身を舐める。
背に腹は代えられない。
「…悪かった、俺が悪かった」
三成は謝った。
雨戸の隙間から、光が差し込み三成の顔を照らした。
寸秒置いて雷が哭いた。
三成は叫んで助けを求めたが、口は塞がれ自由を奪われた。
瞳に焼き付いたのは、白い光と跨がるそいつの唇の動きだけ。
そいつの嫌らしい唇の形は二度と忘れない。
二度と忘れられない。
「媚びるには遅過ぎたな」

 * * * 

三成は泣き疲れたのか、気を失ったのか分からない。
雨が狂ったように、戸を打つ。
「…殺してくれ……」
左近は呟かれた言の葉に深く眉を顰め、戯れをと頭に頬を寄せる。