暫時に懸想が報われたのかと瞳を合わせそうになる。
だが、喉仏まで見上げた視線を止めた。
ならぬ。
「…念者でも無いのに、男に花とは…」
今見詰めれば。
「手折るのもいただけぬな」
偲ぶ心が振れてしまう。
兼続は無理に顔を伏せた。
「……忸怩ったかねぇ…」
慶次の声音は些か覇気が消えていた。
「…、だが折角だから花器に活けよう」
兼続はそう言って慶次の手から百合を取る。
大きな花弁がふわりと揺れた。
「…狂い咲いてたんだ…」
たった一輪で畦道にな。と、慶次は呟いた。
言葉を聴いた兼続は、手元を見てから脳裏にその佇いを思い浮かべた。
移り変わる季節を逸早く知らせる…
その早咲きは一人でも美しいかったろう。
「…麗しいな…」
兼続が微笑を浮かべる。
その目の前で慶次の顔が曇った。
「…可哀想だ…」
兼続は思いも寄らぬ言葉に、合わせる事を躊躇った瞳を合わせた。
「…時季外れに咲いた花はただ、枯れ逝くのみだ…」
慶次は片手を床に付いて斜に構えた。
だから、俺で良いなら意味を持たせてやろうと摘んだんだが…
言いながら慶次は口に手を宛てた。
「…ぁ、…」
兼続はそこまで頭が回らなかった事に焦ったが。
巧い文句も出てこない。
「…後」
しかしそれも、瞬く間に胸のざわめきに変わった。
「何処となく、あんたに似てたから」
「ぇ…」
それは。
一体どう言う意味なんだ、慶次。
兼続は歯噛みしてその言葉を飲み込んだ。
* * *
陰鬱な気分は晴れぬまま。
兼続は今日も筆を片手に取っていた。
どんなに些細な事でも為していなければ。
忽ちにあの言葉が繰返される。
「…余所事を考えるな…」
ついには声に出して己を戒める。
兼続は、先日活けた百合に目配せした。
何度見ても、ただの一輪挿し。
部屋の奥まった薄暗い所に頭を擡げた白花。
「…水を、変えてやらねばな…」
筆を置いて、近くに寄る。
意外に瑞々しい様に心なしか気分が晴れた。
兼続はそっと花器に手を振れて持ち上げた。
「な………」
前触れは無かった。
まるで雪の結晶が人肌に触れて溶けるように。
花は付根から解れ、落ちながら飛散した。
畳に落ちた白の影は墨よりも深い。
浅い花器の水面は乱反射のせいか鏡の如く、私を見返してきた。
その己を見た瞳の色に兼続は絶望を覚えた。
「…私は今迄…」
花器を置いて身を遠ざけても、心の臓が高まりを増す。
「…この様な眼で……」
濡れ羽色の貪欲な瞳で、慶次を眺めて居たのか…
花が散った時に、慶次の顔容が目の前をちらついた。
たったそれだけ。
それだけだったのに。
こんなにも目で恋しいと語っていたなんて。
想いを隠し切れて無かった事を目の当たりにして、兼続はこれからの致し方が分からなくなった。
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