落花狼藉





落花狼藉



掬い上げても摺り抜けて
花の風巻はただ非情

慶次という漢は総てを持って生まれてきたのだと思う。
比類無き天賦の才能は、まさに天に愛された証。
そんな慶次に、惹かれ始めたのはいつの頃だったか、もうはっきりとは覚えていない。
気がつけばそこに居て、当然の如く笑っていた。
「…慶次」
藤を見たいと、慶次は松風と共に山にへ出かけた。
一緒に行きたくないと言えば嘘になる。
だが、誘われもしないのにくっついて行く程野暮ではない。
「………」
兼続は、屋敷から慶次の後ろ姿を見送ることにはもう慣れてしまっていた。
「…さて、仕事をせねば」
慶次の書散らした和歌や俳句を掻き集める。
慶次は思い付いたら庭先だろうが厠だろうが構いなしに、発句を書留めたりする。
だから先程まで虎の居た部屋は、紙が散在していた。
兼続は一枚づつ拾っては、丁寧に重ねた。
大振りであり愉快、しかし何処か消えてしまいそうな筆致。
「…まるで、止まり木を捜す鳥の様だな…」
兼続は小さく笑った。
自惚れになるのかもしれないが。
慶次が鳥なら私は止まり木。
「…早く帰って来ぬものか…」
止まり木は、鳥が休んでくれるから意味が在る。
兼続は無意識に庭に視線を移した。
小枝を楽しげに往来しながら、二羽の小鳥が囀っている。
睦まじそうに首を傾げているのを見ると、どうやら夫婦のようだ。
「…良いのだ…」
兼続は鳥達より視線を空に移した。
「…私は…」
側に居てくれるだけでいい。
そなたは、太陽の様に光を注いでくれるだけで良い。
私はその恩恵に与かるだけでいいから。
兼続はゆっくりと瞳を閉じた。
「…高望みなどせぬから……」
どうか、私を照しに戻ってきておくれ。
止まり木に意味を持たせておくれ。
静まり返る部屋の端で、風に吹かれた懐紙が翻って廊下にまで散らばった。
屋内な筈なのに、風に頬を撫でられた気がした。

 * * * 

落陽に照らされて眩い金糸を馬上で遊ばせながら慶次は帰って着た。
髪に紫の可愛らしい花弁が付いていて、黄金と紫は引き立てあって唯々、雅で。
土産としてはそれだけで十分だった。
「近目で見ぬでも、盛りだったようだな」
走らせていた筆を置いて、兼続は慶次に微笑んだ。
「あぁ、狂惜しい程に咲き乱れてたよ」
兼続の側に座り、慶次は晴々と笑った。
結い上げた慶次の髪に絡まる花瓣。
兼続はごく自然に手を伸ばして、奥山の名残を摘んだ。
ひとつふたつと掌に溜る藤。
「一応頭は振ったんだがねぇ…」
慶次はまるで本物の虎のようなことを言った。
兼続はおかしくて、手を止めて笑いを堪えた。
そんなに面白いかい?と慶次が頭を軽く振って見せた。
予告も無かったから、指先に金髪が絡み付き触れてくすぐったい。
突如、慶次は兼続の花片を集めている手首を握った。
予測せぬ事態に驚いて顔を見やると、慶次は私の掌の花に息を吹き掛けた。
刹那、花弁は炎に炙られた如く勢いづいて舞い上がった。
そして胡蝶の様にはらはらゆらゆらと、目の前を行過ぎ舞い落ちた。
その揺れ落ちる紫の奥で。
「…乙だろう…?」
謀が巧くいったと満悦な顔をする慶次。
「…敵わぬ…」
兼続はやられたと言って苦笑った。
外はいつの間にか、夜の帳に覆われつつあった。
明かりは無くても、まぁ未だ大丈夫だと思える際どさをはらむ。
ふと慶次は右手を自分の背後に回して、何かを探した。
兼続からは伺えない角度で慶次はごそごそと動いて、兼続は疑問に思うばかり。
「…花を手折るのはどうかとも思ったんだけどな…」
これが本当の土産だと、慶次は兼続に右手を差し出した。
それは、見事な大振りの白い百合の花だった。