糸緋縅





糸緋縅



指に絡み付く朱色
手繰り寄せても千切れる心

こんな話を聞かなければ良かった。
兼続は気丈に振る舞いながらも内心穏やかではない。
両手小指をさり気なく見てみても全く意味がない事は百も承知だ。
天命には逆らえないのも知っている。
指の節を曲げて握り拳を作った。
「…兼続?」
無口な景勝様が少し困った顔をした。
だがそれ以上に、その小姓の方が慌てふためいて頭を下げている。
「つまらぬ話で、申し訳ありません」
兼続の一連の行動を見て、不快に感じたと思ったのだろう。
利発そうな顔を床に向けて頑なにしている。
全く的を外した謝罪。
「…何を、面を上げるのだ。そなたは仮にも景勝様の小姓ぞ…」
兼続が薄く笑った。
それは小春日和の日溜の様に切なかった。
「…終おう」
景勝は、腰を上げ兼続の肩を叩いた。
そしてそのまま上座の戸から消えた。
兼続はまた癖が出たのだと嫌悪する。
どうやら私は顔に出るようだ。
未だに頭を下げている小姓の頭を撫でてやり、兼続も部屋を後にした。

 * * * 

兼続はそれからする事為す事、総て億劫に感じる様になった。
仕事のあらましをこなしてしまうと、どうしても悪い考えが気を病ませる。
作業に専念すればする程、終えた後の喪失感も体を苛む。
兼続の心は今にも砕けそうだった。
考えても詮無きことなのに。
今そばに居れるだけでいい筈なのに。
「…示されぬと満たされぬとは…」
兼続はもやもやした気を晴そうと庭に出た。
否、自分で自分を殺さぬ為の最後の自衛策。
これ以上追い詰めてしまったなら取返しのつかないことが体では分かって居たのかもしれない。
初冬、息は白さを増し景色は優しくぼやける。
緑を基調とした庭は侘びしさを醸していた。
二、三歩進むと玉砂利が擦れた悲しい音がした。
兼続は咄嗟に空を仰ぐ。
蒼い雲ひとつ無い空。
仲睦まじげに飛び行く二羽の鳥。
その行く先には何がある?
日に向かい飛び続けて何を望む?
兼続は瞳を閉じた。
唯、無性にそなたに逢いたい。
「…慶次…………」
一陣の風が言霊を攫った。

 * * * 

折しも霜枯れ時。
雪国育ち故に底冷えには慣れてはいるものの、やはり寒い。
兼続は火鉢に炭で火を熾す。
少し離れるだけで室内と言えども息は白かった。
「慶次」
兼続は文学書を読みながら呟いた。
部屋には誰も居ない。
いつもなら心地良い静けさが兼続には堪えていた。
「…そなたは小波だな…」
兼続は肩を竦め寂しく笑った。
足を撫でているのに近付けば遠ざかり。
逃げるくせにまた熱を残して行く。
兼続は前のめりになり俯いた。
音一つ無いのが息苦しい。
もう一度名前を呼んだ。
「…慶次…」
「…なんだい?」
突然慶次に背中から抱きすくめられた。
いつの間に部屋に入ったのか。
しかし、驚きよりも何よりも切なさで胸が一杯になった。
「…何処に居た、今まで…」
何故だろう。
逢いたくて仕方なかった慶次がここに居るのに。
息は出来ず心は砕けそうだ。
「私はそなたの気紛れか?」
兼続が振り返ると慶次は唇を重ねる。
慶次は兼続が嫉いたとでも思ったのだろう。
背中と腰に腕を回し、体を密着させた。
「気紛れなら二度と顔を拝みに来る訳がない」