繽紛





御衣黄



御衣黄がたわわに実るよう満開だ。
俺は変わったものが好きな、ひねくれているところがあって。
態々山から引っこ抜いてきたこの桜を、御衣黄と呼ぶことにした。
もっとも薄緑の花弁は桜が散るよりどこか雪が落ちるのに似てるかもしれない。
そして枯れることなくこの庭に根付いた、御衣黄。
俺達は似てるから、一緒に居ようなんて掻き口説いたのが良かったのかもしれない。
京のこの地でもそれは桜の散った後に開くため、注目の的。
「……この感動を歌に出来ぬものか…!」
そういえば兼続はさっきからそんなことばっかり言って、木の下に立ち尽くしている。
俺はその絵を、酒を片手に鑑賞している。
風が花を散らすよう、兼続を困らせるよう吹くと。
案の定あんたは、勿体無い散るな、散るでないと頭を振る。
「…散るな、か…」
慶次もまた、その言葉を何度も胸の中で唱える。
紺色の着物を着て髪に降りかかる緑の桜をも気にせず、名残惜しそうなあんたをみながら。
強い風が吹いて、満開の花を降り散らせるのを急かせる。
止まれ、とまれ、とま、れ。
絵のように、今を永遠に出来たなら。
触れるなんておこがましい、喋るなんて贅沢も言わない。
ただ、今が。
「…止まれば良いのにね」
幻術がかる緑の桜が舞う光景。
あんたがそれに見入っているようにみせかけて。
御衣黄に魅入られて囚われているなんて、あんたはきっと気付かない。
手酌で酒を注いでもう一度絵を見ると、あんたは頭の花弁を落そうと手で払っていた。
また風が吹いて風向きが変わり、手に絡まった髪紐をあんたは解けず、つい引っ張った。
干玉の黒髪が風に遊ばれる。
手に持った盃の水面に波紋が踊る。
止まれ、とまれ、とま、れ。
兼続は、解けてしまった髪を首根っこで結んで、娘のようにしながら戻ってくる。
「桜に遊ばれてしまった、今日はもう誰にも会えぬなこの形では。」
止まれ、とまれ、とまれよ。
「…誰にも会う必要なんて、無いだろ」
薄き緑の桜が屋敷の中に舞い込む。
何で、止まらない。
絵を穢してしまうでは、ないか。