峻悄 瑠璃帛










 * * * 

一つの時代が終わるのは、こんなに呆気ないのか。
左近は首相暗殺の文字が躍っている新聞を片手に珈琲を口に含んだ。
野次馬に現場にでも行ってみようか。
なんて考えて、餓鬼じゃないんだからと抑える。
いつだって何かが変わるときは狂気が見え隠れするものだ。
誰も彼もが常人ならば、きっと何も変わらない。
「だからって俺が狂う必要は無い、誰かがまた欲を出すんだ…」
俺が一人狂ったところでどうこうなる問題でもないし。
左近は新聞を丁寧に折り、カウンターに置いた。
さて今日も店を開けねばと箒と塵取りを持ち、店のドアを開けたときだった。
「……………昨日の忠告は耳に背きましたか?」
女にさえ生まれていれば、と悔やまれる赤毛の青年が店の前で立ち尽くしていた。
その瞳は、背徳に揺らいでいた。
「…客だと言っている、持て成せ」
己の発した言葉に押し潰されそうなのか、学生帽の影に隠れた目が閉じられた。
不意に風が吹いて、青年の帽子から出ていた髪が揺れた。
人ならば、今手を差し伸べなくてなんとする。
何故かは分らないが、心が助けてやらなければ不味そうだと察した。
「………入るなら、とっとと入りな。人目に付く」
俺の言葉に、青年がその形のよい目を見開き、そしてたじろいだ。
「…良いのか…」
一歩踏み出し、石田の坊ちゃんは俺を見た。
「…もし、があったなら口裏を合わせてくれるならね。」
左近は周りを見回した。
幸いにして、公安どころか、人っ子一人歩いていない。
まぁあんな大事件の昨日の今日。
貴族等は久し振りに鷺鳴館で頭をつき合わせて、踊らない一夜を明かすのであろう。
客だ入れろと言った割には、ドアの寸前で立ち往生しているのを見兼ねて、左近は腕を取り中に引き込んだ。