峻悄 瑠璃帛









自棄に疲れたと思っていた。
もうあらゆる妄想を考えきった頭は、完璧に出来上がっていた。
甘い言葉を続けていても、理性が勝って殺してくれるとは思わない。
だからいっそ舞い上げて舞い上げて落すことにした。
捨てられたんだと一緒に生きようといわれても困る。
あんたのせいで狂った人生、これ以上掻き回されて堪るかとも思う。
死ぬのを待つ人間の命、欲しいならお前にくれてやるとも思った。
「勘違いするなよ阿婆擦れ女。腰振って喘いで貞淑面してんじゃねぇよ。」
汚い言葉を吐いた。
あからさまに変わる顔色に、狂気が毛をも逆立てるようだ。
女は、包丁を持つ事さえ拒んでいたのにも拘らず、強く握りこんでいる。
「うわぁああああぁあっ!!!!」
其れが振るわれたのはその直後。
避けながら、これで死んだらどういわれるかなと、他所事を考えた。
痴情の縺れとか、言われんのかな。
情念の沙汰とか噂されんのかな。
この女は。
左近は逃げるのを止めた。
後を追って死ぬのかな。
背筋が粟立つ、冷や汗がどっと出て、腹や胸が冷たく感じる。
撥ね転げた衝撃や痛みなんかは総て振り上げられた包丁に奪われる。
俺の人生、こんなもんか。
これで終わるのか。
左近は、目を閉じた。
「松平の奥方!御見苦しいにも程があろう!!」
痛みが急に体を襲い、その声が誰の物か分らなかった。
薄く開く目に飛び込んできたそれを、確認して、死ぬ前に可笑しくなったのかと思った。
石田の…あの、少年ではないか。
しかし姿を確認できても、理解は出来ない。
頭が朦朧として、跨っていた女の顔が、何時の間にか、造形の美しい幼い顔になっている。
「おい、大丈夫か!大丈夫か!?」
まこと可笑しなことがあるものだ、二度と店に寄りつけぬよう唇を奪って辱めた男が。
俺の安否を気遣っているだなんて…