峻悄 瑠璃帛









放課後、共に帰っていた足も遠のくようになっていた。
バイオリンに凝り始めたのか、矢鱈と兼続は先生の家に入り浸りだ。
何時もの帰り道、並ぶ町並み。庶民の夫人も夕餉の買出しに、歩いている。
飛脚も忙しく行き来していて、女学生が番傘を片手に通り過ぎる。
嫁入り前の商家の娘は、召使に琴を運ばせ稽古に行こうとしている。
目くるめく日常に、俺だけが取り残されている。
俺だけ、俺だけが…
ふと、あの悪夢の入り口となった抜け道。
此処を通らなければ、こんなことになりはしなかったのに。
兼続が学校を休まなければ、こんな思いする必要なかったのに。
あの男に、遇いさえしなければ…!
三成の脳裏が、今まで考えもしなかった思いに辿り着く。
己の落ち度だと思っていた、己が居合わせたばかりにと、穢れた己を呪っていた。
しかしよくよく考えてみろ。
俺が何をした?俺が、悪い…?
学生帽の奥に潜んでいた瞳が揺れ、ふと閃いた様に色を失う。
三成は鞄を開けて、護身用にと持ち歩いている父の形見を握った。
足駄がその小道に向けられ、マントが翻る。
今思えば、何故怯えていたのか。
あいつは唯の庶民ではないか。
最初からこうすれば、良かったのだ。
あの男一人居なくなったぐらいでは、世界は変わらない。
滑らないように、柄に唾を吹き掛け、強く握る。
歩きながら、鞄の中に戻して鞘を抜いた。
段々と薄暗くなる裏道に、あの男の店が見えた。
「…道を歩いているところを連れ込まれたと、言えば良い」
正当防衛だ。
店の裏口に近づいたら、中から女の甲高い声が聞こえた。
「如何しましょう、あれから寝られないのよ、いつ露見するかと思うと、怖くて怖くてっ」
それは、松平の夫人の声だった。
「あなたの所に来られなくて、頭がどうにか成りそうだったのよ、ねぇ!」
詰め寄っているのだろう、叱責が五月蝿い。
「あなたのせいよ、私どうなってしまうの?助けてよ、あなたのせいよ!!!」
半狂乱な言葉が一方的に吐かれている。
三成は静かにドアを開けた。
声がより鮮明に響く。
「ねぇ!何とか仰って!私を助けると、そう、仰ってよっ!!」
叫んで割れた声が、涙ながらに途切れる。
「…じゃぁ俺を殺せば良いじゃないですか。」
そんな一言で。