峻悄 瑠璃帛










 * * *

舌を噛み切ろうと何度思っただろうか。
それは死にたいというのではなくて、危うく何か口走ってしまいそうだから。
あれから幾日か経ち、屋敷も学び舎もそれといって騒がしさは無い。
だが、それが怖いのだ、嵐の前の静けさのような気がして。
食欲も無いが、食べないわけにもいかないので無理矢理押し込む。
その度に、厠に行って総て戻した。
瞳を閉じるとあの薄暗い部屋と、髪の長い頬に傷の有る男が近寄ってくる。
だから、夜は布団に包まり震えていた。
勘繰られてはいけないと、バイオリンにも舞にも行った。
幸い選定した曲が明るくなかったので、気持ちが篭っていて良いと言われたし。
舞に至っては、動きに艶が出てきたなんて師匠に久し振りに褒められる始末。
「…消えたい…」
何時の間にか願う事はそればかり。
死んではいけない。養父養母を悲しませる。
だから元から居なかった事にして欲しい。
そうしたなら、悲しむ要因がない。あの人たちの心に障る事は無い。
なにより、この恐怖から逃れられる。
誰にも助けを求められないこの、恐ろしさから開放される。
今日も寝ずに迎える朝は、空の白みゆく様さえ絶望の広がりのように思えた。
「三成、おはよう!!良い朝だな!」
毎朝の事ながら、兼続は待ち構えて居た様に挨拶をした。
教室中に響くような、大きな声で。
すると嬉しくない事に、登校している同輩もこちらに目を配るのだ。
前まではそんなに気にならなかった視線が、詰られているような目に見える。
「…朝から五月蝿い…」
顔を伏せ気味にみなの前を通り過ぎて、席に着く。
ざわざわと朝の会の始まる前の時間のざわめきが、総て己の噂のように思えてくる。
隣の兼続が困っているような雰囲気を醸しているが、うまく説明できないので気付かない振りをする。
「……放って置いて欲しいのか…」
机の上に完全に臥せっている俺に、呟きのような声が届いた。
「………私も最近己でいっぱいなのだ、丁度良かった………」
そう言って言葉が切れてそれっきりだった。
いつも、そうだこの男は。
俺の至らない行いを、まるで自分が至らないばっかりにこうなってしまったと謝ったりする。
この男は、いつだって…
三成は涙目を隠すために、何度も欠伸をかみ殺す振りをした。
違うんだと弁明したくて涙が出そうになるのか。
本当は助けて欲しいと言いたくて目が滲むのか。
気を遣わせて情け無いと思う気持ちが止められないのか。
今の自分には分らなかった。