店に雪崩れ込む様に入ってきた男は、見たことも無いような派手さで。
背丈も高く、もしかしたら西洋との間に生まれた奴なのかもしれない。
酒だって迷わず洋酒を選んだし、頼み方に迷いも無かった。
「…あんた、弾けるのかい…」
奥の席を希望するようにふらりと店の奥を目指したので。
言われた酒を注いで、運んだ刹那だった。
何日も前から出しっぱなしのギターに楽譜。
掃除をしてないと断っていたから良かったものの、これは頂けない。
済みませんと片付けながら、何時掴まるのかと途方に暮れていた事を思い出す。
そして急いでラジオをつけて最大音量にした。
ふと冷静になる。ラジオの横の装飾が落ちていて、置物が転げていた。
震える手で其れを起して、掛け直す。
あらゆる所に、あの日の傷跡が残っていて、隠しきれてなくて。
誰とも知らない客が、公安のように思えて仕方が無くなる。
「…良かったら、一杯どうだい?」
不意に遠くから話しかけられ、瞳を合わすと、手を上げてグラスを傾けている男。
同じ物を二つ作り、男に近寄ると。
言いようも無い威圧感が、満ちてきているようだった。
店に逃げ込んで来た時のような自信の無さなんて、何処にも見受けられなくなっている。
そのとき本能が警鐘を鳴らした。
…知っている、この男の醸す高慢な雰囲気は。
貴族だ。
心底慌てて、左近はカウンターに戻った。
偶然だ、他言してはならないと釘を打っても有る。
唯、静かに頂きますと口にして、左近はグラスを呷った。
「…あんた、もしかして落魄の身の上ってやつかい…?」
急に問いかけられ、心臓の高鳴りで声まで震えそうになる。
「…お世辞を賜りましても、差し上げる物は御座りませんよ…」
笑顔で返して、直ぐに背中を向けた。
そして意味も無いのにラジオを弄った。
もしかして本当に、貴族なのか。
貴族ならば、どうして直ぐに俺を捕らえない。
いや。この国の奴らは俺を含めてみんな、結論は最後に言うものだ。
最後の一時を楽しめという事なのか。
あらぬ方向の、想像が止まらない。
「…行き付けにしたいといえば、叶うのかね?」
真後ろから声が聞こえて、精々真顔で振り返る。
「…そうですね、次も必ず来て頂けると言うなら、滅多に出ない洋酒も入れて置かねばなりませんので」
「じゃぁ、付けといてくれ。」
そう言って男は、袷や袂を探りやがて懐中時計を取り出した。
「…済まないが…持ち合わせが無くってね…身代にこいつを置いていくってのはありかね?」
間違いない。
左近は無意識に広げたハンカチーフの上に置かれた時計で確信した。
銀の懐中時計には、家紋が彫刻されていて、それは有名な前田家のもの。
そして容貌と結びつき答えが芋蔓式に出てくる。
この男は、荒れくれた虎と腫れ物扱いの、前田の元跡取り。
次