峻悄 瑠璃帛










 * * * 

存外に美味い茶であったし、やっぱりあの男がギターを弾いていた。
三成は背徳感よりも達成感に充たされながら家路を急いでた。
きっと誰もしたことの無い事を俺は一人でしたんだ。
俺をまだ女の男装などと抜かす奴は前に出て来い。
そんな気分だった。
屋敷について、養父に挨拶をと書斎に向ったが、不在だった。
養父は忙しい人だから居ない日も無い事は無いのだが、朝に何も言わず居ないというのも珍しい。
「…三成さん…!」
養母の声が聞こえたかと思うと、振り替える間も無く抱すくめられた。
「母上、如何致したのです、離れてくださいませ!」
しかし養母は頑なに後ろから抱きついたのを止めようとはしない。
ただ押し黙って、俺の肩口に顔を埋め続けている。
無理に振り払う事もできず、三成は俯いて必死にしがみ付いている養母の腕を見た。
「…母上…遅くなって申し訳ありませぬ」
己の非を謝れば離してくれるかと、謝ってそれから思考回路が回りだした。
そうだ、昨日事件があって俺達も気をつけねばと言っていた矢先だった。と。
「護衛など要らないなんて、三成さんが頑なだったから…」
後悔するには余りのも遅すぎた。
纏わり付かれるのを好まない俺は、学び舎もそんなに遠くないから一人で大丈夫だといった。
何かあってからでは困るのと、養母の説得を無下にしてまで其れを押し通した。
そこまで言うならと、渋々折れたのが昨日の話し。
なのに俺は、今日早速遅く帰ってきてしまった訳だ。
母親なのだ心配しないはずが無い。
「何かあったのかと思ったじゃありませんかっ…!」
浅慮な己を呪った。
幾ら胸の蟠りが押さえきれなくなっても、今あんな冒険をするべきでは無かったのだ。
「…申し訳ありません。」
震える養母に三成は謝るしか手が無かった。
暫くして落ち着いた後、養母はお話があります。と養母の自室に連れて行かれた。
手を取って階段を上る養母にいつもなら離してくださいというのだが。
今は憚られた。
これ以上悲しませる訳には行かない。
自室に入るなり、養母は部屋の鍵を閉めて、椅子に座るように命じた。
「…三成さん、何処をほつき歩いて居られたのかしら?」
帰り道を隈無く探させたけれど見つからなかったといった。
日舞の師匠にも連絡を入れたし、バイオリンの先生にも聞いたけれども来てないと言われたと。
観念という二文字が頭を過ぎったが、三成は押し黙った。
怒られると思うより先に、あの男に被害がいってはいけないと思った。
「…黙っていては解らないわ」
一度は断って、口裏を合せてくれるならと店に入れてくれた男。
さして金にもならないのに、紅茶を淹れてくれて、ギターまで本当に弾いてくれた男。
「…気分を変えたくて、遠回りをして帰ってきました、道草を食ってました」
あの男のためなら、一つぐらいの嘘吐いても良いと思った。