峻悄 玻璃帛









けれども今日は放課後に幼馴染の三成と共にバイオリンを習いに行かねばならない。
これだって休みを頂くわけにもいかない。
一日とはこんなにも長いものなのか。
三時限目の先生が急に来なくて自習になったときに三成と話した。
少しは気が紛れるかとも思ったが、三成が喫茶店の話を出してきたのに私は舞踏会の話を出してしまった。
せめて今だけでも忘れようとしているのに、口は言う事を聞かない。
この時間、三成と話している間だけはと思うのに。
しかも話に夢中になってしまって、先生に目玉を食らったが、その先生もまたあまり見たくは無かった。
なぜなら伯爵の島津公だったからだ。
少しでもそういう柵を忘れたいと思っていたのに、またあっという間に現実に引き戻されたのだ。
意識しすぎなのだ。分っている。
何をこんなに取り乱しているのだ。
叱責を受けながら兼続は唇を噛んだ。
そう、覚えては居ないが昔から。
前々から、覚悟はしていたじゃないか。
兼続は納得させようと、唇を噛んだ。
放課後。
「…この曲はまだ、貴方には難しいと思いますよ…」
バイオリン教室に来て、好きな楽曲を選べといわれたので兼続と三成は楽譜を読んでいた。
好きと弾けるは違うとは知っている。
でもこれが目に映った瞬間、どうしてもこれがしたくて堪らなくなった。
聞いたことが何度もあるからだ。
「…旋律はある程度知っています、ピアノですが…」
カンパネラは慶兄がよく弾いている。
「……貴方は言い出したら聞きませんからね…筋も良いですし、挑戦してみなさい」
困ったように笑い光秀先生は三成に視線を移した。
同じ物を練習できる、そう思うだけで心が躍った。
そう思うだけで、慶兄に話しかける話題が出来たと嬉しかった。
横の三成はスカボロフェアをしてみたいと相談している。
「…難しいのを選ぶのじゃな」
碧い瞳が可憐な先生の娘が覗き込んできた。
「いけません、ガラシャ…あなたはお転婆で駄目ですね、兄達を見習いなさい」
やんわりとした物腰の先生は、怒鳴った事が無い。
「何故じゃ、父上。難しいから難しいと言ったまでです。」
「…いけないのはそこではありません。お前の稽古は皆が終わってからです出てお行きなさい」
ガラシャ嬢は面白うない。とバイオリンを持ってきていたのを、其の侭持って部屋を出て行った。
こほ、と咳払いをした先生が拍節器を鳴らし始める。
「…ではまずは調律してから、おのおの楽曲に取り組みますよ」
兼続と三成は、返事をしてB♭を弾き始めた。