峻悄 玻璃帛










 * * * 

上杉の跡取りである景勝様は私とは違う学び舎で学ばれているのでいつも私より早起きだ。
そんな早起きを何時もは自分がより早く起きていて勉強しているので気付くのだが。
今日は布団の中で隣の部屋のドアが開くのを聴いた。
一睡も出来なかったのはもう何年ぶりの話だろうか。
疲れの取れていない体を起こして己も洗面台に向った。
その途中に、百入茶の学生服に帽子と鞄一式を持ち身嗜みを整えた景勝様に出合った。
無口な御人だし、余り表情も変えない方だから心を察する事は難しいのだが。
その表情が曇られた気がした。
「…案ずるな、養父も兄者も無事に帰られたではないか。」
深夜に馬の蹄の音が屋敷に近づく音が聞こえたので其れは知っていた。
「…えぇ、ブリタニアの語学がなかなか手強くて何時の間にか朝に…」
「…嘘が下手だな」
だが景勝様はそう言って視線を外して、おはよう、先に行ってくると私の前から遠ざかった。
そんなに分りやすいのか私は。
その答えは直ぐに出た。鏡が見事に物語ってくれた。
「これ程酷い顔とはな…」
思わず苦笑ってしまうほどに、酷い隈がくっきりと出ていた。
余り気が進まないが、病気でもないのに学校を休むなどと出来ようも無い。
紫黒の学生服に袖を通して玄関を見送られながら出た。
昨日は舞踏会で遅かったから、そんな日には慶兄は起きるのが遅い。いつもだ。
兼続は其れを知っているからこそ部屋を見上げた。
「…なんで…」
動けなくなってしまった。
いつもなら絶対に居ないはずの窓際に兄さんは立っていた。
昨日の形そのまんまで、髪こそ結んでは居なかったが、シャツに緩められた蝶ネクタイとズボン。
顔が私を見て、柔らかく微笑んで。口が行ってきなと動いた。
兼続はただ大きく頷いて、急いで門を抜けることしか出来なかった。
だって、今まで一度だって起きてた事だって、笑った事だって、慶兄はしたこと無かったのに。
授業の間もずっと上の空だった。
いつもどおりでないことがこんなに不安だ。
もしかしたらあの笑顔が私が見る最後の笑顔なのではないだろうか。
ふとそんなことを考えてしまうだけで、もう先生の話など頭に留まらない。
辛うじて手は黒板の白墨をノートに板書できてはいるが、やっとそれが出来る程度だ。
一刻も早く家に帰り兄さんが居るか確かめたい、そこに居ると安心したい。