峻悄 玻璃帛









如何様の玉であろうとも
照らすたれぞが要りませう
さすればみつけてくれまいか
玻璃はたれが光らせませう

 * * *

詰襟に光る校章。学生服にマントをはおり、頭には学生帽子。
片手に剣道着を風呂敷に包み、竹刀と学生鞄を持って、鉄城門を抜ける青年。
恭しく警備の者がお帰りなさいませ。と頭を下げる。
庭師は麦藁帽子をぽしゃり、お早いお帰りで、と笑顔を見せる。
出で立ち清らかで面影は涼しく麗しく、まだまだ紅顔の美少年と称えられても可笑しくはない。
「兼続です、只今戻りました」
玄関で帽子とマントを取り、帰宅の挨拶をした兼続。
すぐさま、お帰りなさいませと出迎えた侍女に一式を渡そうとした。
兼続は帽子を被るために、長い髪を低い位置で結んで居る。
それがマントを脱ぐ時に肩から胸に流れたのを見ていたのか、侍女が失礼します。と爪先立ちをして背中に流した。
よく気が利く、と兼続は感心したが、同時に己の行動の不用意さに口を噤む。
「…済まない」
兼続は、若い侍女に薄く笑いかけて玄関を入った。
残された侍女はその笑顔に見惚れっぱなしだ。
…兼続は帰ったらまず真っ先に、養父である謙信の所に行く。
そして只今戻りましたと己の姿を見せるのである。
「うむ。」
と短い返事と、合わせた顔は相変わらず無愛想だ。
だが、もう毎日の事である。
兼続は微笑んで部屋を後にして、自室に向う階段を上がった。
漆の効いた手摺が鈍く光り、青緑の絨毯が道程に続いている。
それが丁度、足袋で廊下を磨る音に変わった刹那。
「…慶兄…」
己の向かいの部屋から、ピアノの音が溢れてきていた。
慶兄のピアノはいつも自由奔放で壮大な印象を受ける。
今日も其れは変わらなくて、鳥が大空に飛び立つような期待と冒険心が表れている。
「…相変わらずだな…」
兼続は肩を竦めて、自室に入った。
そして制服を脱ぎ、部屋着である着物に袖を通す。
実は、一日のうちで今からの時間が兼続にとっては一番幸せな時間だった。
剣術は無心になれるし、己の成果が目に見えるのも好きなのだが、それ以上に充実した時間が今からなのだ。