峻悄 玻璃帛









放課後、いつもは一緒に下校する三成と共に、バイオリンに行くなり、帰ったりするのだが。
先生にお願いして特別に稽古をつけてもらう手筈を整えていたので、今日は別々に下駄箱を後にした。
夕餉までバイオリンをして、それからは剣道で指南を頂いて。
よそ事を考えないように…
否、慶兄の事を忘れてしまおうとしていた。
長崎の町を髣髴とさせるとよく話題になる明智邸宅の門を潜った。
「御免下さい、直江で…」
ふと、耳に届いた旋律に兼続は黙った。
正しく梅雨を表しているような欝がりな演奏なのに、激情が抑えきれず溢れ出しているような、音色の。
「カンパネラ………」
「お待たせいたしました、いらっしゃいませ。…もし?」
放心していた心が、行き成り戻され、目の前に微笑んでいる煕子夫人が、少し戸惑っていた。
「…済みません。」
「さぁ、お上がりになって、光秀さんは…もう直ぐで練習を終えられますわ」
碧い瞳と珍しい色の御髪の夫人は、大きな西洋人形の様に整っていて艶やかな方だ。
御娘のガラシャ殿と並ばれると、生き写し…いや、娘御の方は先生の白皙を頂いて、余計に人形の様だ。
「お邪魔致します。」
「…あぁ、兼続君、いらっしゃい。」
廊下の奥の方にある、教室から顔を出した先生。
その顔は、いつものお優しい慈悲に満ちた顔そのものだった。
「ご無理を言って申し訳」
「まぁ中にお入りなさい、立ち話もなんです。」
一対一の練習は初めてで、私はすこし緊張していた。
それにさっきの演奏。
先生には余りにも似つかわしくない、表現だった。
「…教える方が、弾けないなんてとんだお笑い種ですからね、頑張りましたよ」
ハープの横に置いてある蓄音機の横にある拍節器を持ちながら、先生は近寄ってきた。
「根気よくじっくり、熱心に行えば、貴方なら大丈夫です、晩餐会でも弾ける物になりましょう。」
振り子の拍子を設定して、近場の机に置いた。
「…先生、やはり、気持ちは音に出るのでしょうか」
8分の6に合せた拍節器がこつこつと音を立て始める。
「…では、気持ちを乗せて弾いて御覧なさい。私がその気持ちとやらを当てられたらきっとそうなのでしょう。」
兼続は、弦を持ちながら固まった。
練習が始まるまでの軽い気持ちの談笑だったのに、抑えようと忘れようとしている気持ちを、乗せろなどと。
恐る恐る顔を窺うと、先生は窓の明かりを背に笑っていた。
時折、人の笑いとはどうしようもなく恐ろしく感じる。
兼続は、ゆっくりと、バイオリンを構えた。