峻悄 玻璃帛










 * * *

己の幼稚な行動は思った以上に面映かった。
この様な歳になり、しかも泣きながら行かないでと縋ったのだ。
幾らこの思いに名を付けられないからと言っても。
それが苦しくてどうしようもなく、胸が軋んでも。
そのような伝え方、分別の分らぬ幼子がするような事。
情けない気持ちも手伝い、私はそれから慶兄を避けた。
「…ぁ、……行って参ります…」
それは相手にも十分伝わっていたようで。
「……ぉお、…行ってらっしゃい……」
偶々廊下で朝方出会うとこんな調子だった。
嗚呼、今でも顔を見る度にどうしようもない甘酸っぱいものが。
込上げてくる、喉が渇く、見ていられなくなる。
この様な悩みを、誰に伝えたら答えが出るのだろうか。
昼休み。学友と図書館に来たのは良いが、めぼしい物も無い。
兼続は辞典の前で立ち止まり、適当な本の背表紙を撫でた。
そして、また、学び舎は学び舎で胸が痛む。
初めて休んだ日から、三成が妙に余所余所しいのだ。
前世では兄弟だったかも知れんな!
なんてお互いが思い合うほどに、性格は違えど、傍にいて心地よくて、楽しい奴だったのに。
あの日より、何か言い様の無い隔たりが二人を分かつ様だった。
「兼続君、如何したんだ?本の虫の貴殿が上の空ではないか?我々の好意を無駄にするのかね?」
学友の一人が文庫本を二冊ほど携え顔を覗きこんできた。
「信吉君、そんなことは無いんだ…、貴殿の恩情身に沁みる。」
賢そうな一重を細め、彼は笑った。
そうこの学友をはじめ同輩等は、皆優しい。
三成と仲違いをしたのではないかと気を遣いこうして気分転換をさせてくれる。
其のうち元鞘に戻るさ、とは言わないで、唯肩を叩いて励ましてくれる。
「そうそう、いっそ悩むなら、恋煩いにしたまえ!学年一の秀才が叶わぬ恋に身を滅ぼすなんて面白い」
そうと思えばこの有様。
兼続は、呆れたように笑った。
「…しのぶれど色に出でにけり、我が恋は」
「物や思ふと人の問ふまで…って、小倉かい、やめておきなよ兼続君、君に忍ぶ恋は似合わない」
「五月蝿いぞ、信吉君。それはこちらの台詞だ。」
それに。
「…恋などせぬよ、手に入れられず哀しくなるのは目に見えているからね。」
言えている。
肩を竦めて相槌を打った藤田の顔は、兼続と同様に明るくなかった。