…改めて店主の顔を窺うと、生まれ持った品といおうか、雰囲気のある男だ。
慶次は酒を受け取り、一気に傾ける。
其れを尻目に、左近はギターと楽譜を片付ける。
時々雑音の入るラジオだけが時間を分かち、外は何時の間にか街灯が煌く。
五杯ほど傾けたところで、そういえばこの店誰も来ないことに気付く。
街中で洒落てて、モガなんか入ってきても良いような店なのに。
おかわりを頼んだ序に、店主にも酒を奢った。
「……左様でしたら、厚かましく頂きます。」
ああ、そうか、所作が洗練されているのだこの男は。
只者ではないような空気が流れている。
それもそうか、楽器なんて道化か金持ちぐらいしかしないものだし。
「…あんた、もしかして落魄の身の上ってやつかい…?」
カウンターの奥で、立ったままグラスを傾けていた手が止まる。
そして、機械仕掛けの笑顔が零れる。
「…お世辞を賜りましても、差し上げる物は御座りませんよ…」
訊かないでくれってことだな。
濁ったラジオの音が、砂嵐のように酷くなる。
「…行き付けにしたいといえば、叶うのかね?」
慶次は懐に手を突っ込み、片方でグラスを持ちながらカウンターに寄った。
偶々逃げ込んだこの空間は、驚く程に外界と遮断されていて。
追い詰められた心が、少しだけ冷静になれた。
ここは、自由で居たい俺で居られる。
隠れ家といえば聞こえの良い逃げ場所を、見つけた気がした。
「…そうですね、次も必ず来て頂けると言うなら、滅多に出ない洋酒も入れて置かねばなりませんので」
少し毒の有る言い方も、俺が何者か分ってないから言える事。
此処では、そう人間の俺で居られるのだ。
「じゃぁ、付けといてくれ。」
そう言って改めて懐を探ると、二十円札が何枚かしかなかったので出さなかった。
付けにならないからだ。
酔った頭で其処まで計算して、しかしそこからならどうする?と頭を捻る。
笑顔で俺の持って来たグラスを受け取った店主。
慶次は袂を探り、懐中時計を取り出した。
「…済まないが…持ち合わせが無くってね…身代にこいつを置いていくってのはありかね?」
店主は丁寧に胸からハンカチーフを取り出し其れを受け取った。
「…この店が潰れる前に、また…いらしてください…」
「取り返しに来なかったら、売払っちまっても構わんから。」
後ろ手で手を振りながら、慶次はドアを開けて居候の屋敷へと急いだ。
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