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案の定、なるべくしてなったといわざるをえないが。
兼続は体調を崩して、学び舎を休んだ。
生真面目で、侍女らが止めるのを聞かず支度をしていた兼続。
当主にさえ気付かれなければ大丈夫だろうと早めに家を出たのが運の尽き。
「…兼続、顔色が芳しくない」
などと、一際白皙の肌を湛えた当主が朝の鍛錬から帰ってきたのに出くわしてしまったのだ。
頬を撫でられ、眉間に皺を寄せられ、額に手を差し伸べられたら、もう終わりである。
「…無謀は勇無き者がする事也。この様で、兼続、一体何が学べるぞ」
自室にまで連れ戻された兼続は部屋に押し込められ、お目付け役は慶次と相成った。
慶兄とて決して忙しくない訳ではない。
申し訳なさで、寝ている体すら慶兄の方へは向けられない。
「…兼続、ちゃんと仰向けになりな?…ほら体温計を咥えて…」
近寄ってくる指でさえ、触れて欲しくはなくて、視界に入るのでさえなんだか辛い。
「……計ってまだどれ程も経ってません…」
兼続は子供っぽい事は解っていても、それしか出来なくて頭を振りながら布団に潜り込んだ。
本来なら侍女がこの様なことをするのが当たり前である。
なのに、わざわざ慶兄に看病を仰せ付かったのは多分。
私が無理に出て行けないようにするためなのだろうと思う。
今日ほどに、そんな当主を恨めしく思う日は無いだろう。
「…駄々を捏ねるのは頂けないねぇ、ほら…」
掛け布団を優しく剥がそうとする慶次に兼続は必死に抵抗した。
「死にはしませぬ、捨て置いてくださいっ!」
更に縮こまる兼続に慶次は少し強引に布団を剥いだ。
「何時までも餓鬼じゃないんだから、ちったぁ聞き分けな!」
無理に仰向けにさせて、口に水銀の体温計を突っ込んだ時に慶次の手が止まった。
そしてしかめていた顔を遣る瀬無い顔にして、すっと椅子から立った。
「………俺に看病されるのが泣く程嫌なら、そう言えばいいじゃねぇか」
今侍女を呼んで遣るからと、ドアを閉めながら慶次は部屋の外に消えた。
咥えた体温計の冷たさが、なんだか喉を突いたみたいだ。
熱に浮かされて苦しいのか、慶兄に怒鳴られた事が苦しいのか。
風邪なんかひいてしまった自分が情けないのか。
頭の中が入り乱れて、酷く混乱している。
「…慶兄………」
呟いたら冷たい体温計が首元に落ちた。
目が妙な痛さを覚えて指で触れると、泪がぽろぽろと目尻に流れている。
「嫌じゃないんです…、違うん…です……っ」
自分でもこれがなんだか。
解らないんです。
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