峻悄 玻璃帛










 * * * 

その日の夜は、寝られなかった。
触れた掌が熱くて、撫でられた感触に息ができそうに無かった。
布団の中で何度寝返りを打っただろうか。
それでも眠気なんて襲ってこなかったし、瞳を閉じれば慶兄の顔が浮かぶ。
この思いの名前を誰か教えて欲しい。
辞書に載っているのなら引き方を教えて欲しい。
解決の仕方を、一刻も早く知りたかった。
兼続は、布団から飛び起きて、そういえばと勉強机に向った。
たしか何かの本か、新聞か…
何も手が付かなさそうな時には、どうすれば良いかと書いてあった気がする。
洋灯に火を入れて兼続は必死に探した。
「…!…あった。」
何か悪いことでもしているような気分だった。
自分の部屋なのに、洋灯の薄暗い光の中で「煩悩に打ち勝つには」という題の囲み記事を読んだ。
「…『眷恋は必要ないことは知っています。けれど打ち勝てません、どうすればいいのでしょうか』…」
兼続は眷恋の類では無いと思っていたが、応用できると思い答えを読んだ。
「…『頭から水を被りなさい、冷たければ冷たいほど良いでしょう。馬鹿馬鹿しい事をしていると気付くはずです』…」
胸が軋むのを感じた。
知っているさ、私達に誰かを慕う感情など必要ないことぐらい。
それから、私達貴族の結婚は陛下のお許しが無いと出来ない事ぐらい。
でも馬鹿馬鹿しいはないだろう。
公にはされないが、誰かを思い焦がれ死ぬ貴族は居なくは無い。
婚姻が嫌だと自ら死ぬ事を選んだ人を私は知っても居る。
「…馬鹿か…」
兼続は新聞を折りたたみ、机の引き出しに押し込んだ。
心臓が痛い、鼓動を刻むたびに痛さが増すようだった。
私は部屋を出て、階段を降りた。
そして風呂に行き、もう冷たくなった湯船の水を被った。
何度も被っているうちに、召使の女の人が二・三人身を寄せながら風呂がある離れに近寄ってきた。
「…も、も、もし…?御当主様であらせられますか…?」
声が震えている。
「…兼続です、知恵熱で眠れなくて水を浴びてます…」
外で、兼続さまよと安堵の声が洩れている。
「構わず寝てください、私も時期に寝ますから…」
やがて足音が遠のいて兼続はまた一人になった。
もう一度水を被ったが、やはり胸の痛みが取れない。
髪から滴る水が、暗い天井を仰いだ刹那に目に落ちた。
思わず目を伏せると、やはり浮かぶのは慶兄の顔で。
「…助けてください…」
何故か口からは、そんな言葉がでてしまった。