「薔薇にでしたら…悪いんですが直接渡していただきたいのですが…」
どれだけ、耳の穴をかっぽじり聞き返そうかと思った。
万が一客でも取っているとしたら。
わざわざ事情を覗きに行けと言っている様なものではないか。
「いや…流石にそれは拙いでしょう、女将さん」
俺の身にもなってくださいよ。
女将は厄介事は御免との困り顔で、どうぞ遠慮なくと言って俺を廊下に引き上げた。
仕事だと諦めるしかないか…?
左近は大きな溜息を一つ吐いて、渋々薔薇の部屋に向かった。
俺はこのすぐ後に、どうして番頭や女将が薔薇に直接会わせたのかを知った。
曲りくねった廊下を奥へ勾配が急な階段を上へと行くうちに、艶のある男の声があちらこちらから。
俺はだんだん滅入ってきた。
さっさと渡して帰りたい。まだ、取引先と仕事の話をしている方がよっぽど楽。
二階の最奥。西の部屋の前に着いた。
幸いなことに、襖が少し開いているように見えるから、客は取ってないみたいだった。
「……失礼しますよ、薔薇さん」
軽く襖を叩いて返事を待つものの。
「…」
一向に返事が無い。
「薔薇さん?」
弱ったな…。持って帰るわけにもいかないし。
置き去りにして、読まれず仕舞いというのも拙い。
「失礼しますよ?」
左近は襖を引いた。
「誰だ…」
熱に浮かされている薔薇が、高揚した顔をこちらに向けた。
体調が頗る悪そうなのは俺の目の錯覚ではないはずだ。
「…筒井社長の文と贈り物です」
そっと近づいて枕元に置こうとした瞬間だった。
「気分が悪い。持って帰れ」
言葉と同時に、潤んだ瞳で睨まれた。
俺は動作を止めてしまう。
「…そう言われても…俺も困るんですが。」
「俺ももっと困るんだが。」
左近は面食らって他に言葉も出なかった。
あんなに社長の前ではしおらしく、か弱い印象だったのに。
これは、気が強いし口も綺麗ではない。
「…ともかく不愉快だ…屑箱にでも突っ込んどけ。」
左近は思わず、文以外のことで口を利いた。
社長には必要以上の事を喋るなと言われていたが、興味のほうが勝った。
「…もしかして、社長のこと…」
「…虫唾が走る。それ以上喋るな…」
あぁあ、社長。脈絡どころか、取り付く島も見当たりませんよ。
左近は苦笑いしながら、先ほどの番頭や女将も思い出した。
こんな風に返されるから持っていきたく無かったのだろう。
ある意味身内になるから、俺以上に冷たくあしらわれるのだろうし。
「あんた、客以外には容赦ないんだね」
「…五月蝿い…関係無いだろう…さっさと消えろ…」
睨むのも堪えるのか、そう言ったっきり寝ている体を横向きにして、俺から顔を背けた。
「一応俺も仕事なんでね、勝手に置いて帰りますよ。」
左近はそういうとその場に文と贈り物を置いて部屋を後にした。
何故かは分からない。
だが左近は、薔薇と呼ばれる男が意外にこんな仕事をしているのにも関わらず気高いことに好印象を受けた。
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