玩弄 薔薇帛









東の牡丹に西の薔薇
誰の御相手致しませう
一夜限りのこの躯
主に御捧げ致しませう

 * * *

努々、逃げられやしないことは分かっている。
俺が遊郭の一角に攫われて売られたのは、丁度十を二つばかり過ぎた秋の暮。
同郷の見目良いおなごが時折、神隠しにあったと噂が流れ始めた頃だった。
なんのことは無い。
神が攫ったおなご達を、俺はこの遊郭で何人も見た。
「片腹痛い…」
嗚呼、滑稽過ぎて笑えもしない。
西日の入る薔薇の部屋。
整えられた調度品が橙に照らされ、懐古的な気持ちを抱かせる。
しかしおみつには、攫われた後の記憶があまりにも衝撃であり克明だったから。
攫われる前の事は殆ど思い出せず、忘れていくのみだった。
未だに覚えて居るのは、三成という名前と兄の優しい笑顔。それと両親が俺を呼ぶ声…
「おみつ、化粧をしないかい。もうじき暖簾をかけるよ」
支度をしているか確認しにきた女将が目くじらを立てた。
日の差し込んでいる窓をお節介に閉めに入った女将は、衣架に掛けてあった西陣織をおみつに手渡した。
毎日の聞かされ続けた宣告は、もう心を麻痺させてしまっていた。
「……はぃ」
黒に金と赤で刺繍の施された着物を渋々羽織る。
鏡を覗き込み、唇と目尻に薄く紅を引く。
本当に女のようだ…
おみつの着替えた姿を見届けると、女将はこの部屋の対に当たる隣の部屋に確認に行った。
女将によって開けられた廊下側の襖を見やる。
「…あれから八年か…」
西の部屋の俺と同期に売られてきた東の牡丹。
両極塔と囃されるようになった切ない繋がりの親友…
山に沈んだ名残の光が、空を赤紫に染め始めた。
間もなく、勤め開始を知らせる鐘が響き渡る。