玩弄 薔薇帛









片割れが居なくなると、人はこうも憔悴するものか。
あの事件は『牡丹に唐獅子』と次の日の新聞に掲載された。
花柳界の重鎮と此処の取締りの大将と女将が二人の行方を血眼で捜している。
情報提供者には金一封なんて書いてあるが、そんな金額ではないはずだ。
薔薇は、毎日の新聞で囚われていない事を確認しては嬉しそうに微笑む。
そして後は、暮れても明けても空を眺め続けるだけだった。
隣の部屋は急に空いてしまった穴を塞ぐべく、年端も行かぬおゆきが椿と名づけられ体に芸を教え込まれていた。
昼夜を問わず、謝る声かすすり泣く声しか聞こえてこない。
「椿っ!あんたに此処の未来が掛かってるんだよっ!」
時折顔を見せる女将の残酷な言葉。
当事者で無いのに、こんなに息苦しい。
今までこれを受けてきた、ここの稚児達はどれだけ辛かったんだろう。
聞くのもおぞましく、左近は薔薇に目を向けた。
薔薇は相変わらず西日に向かい空を見続けている。
「…ねぇ、薔薇さん…」
空を焼くだけでは物足りないのか、夕日は部屋を朱色に焼いていた。
「…島様、俺は…三成だ。」
途端に周りから音が消える。
左近の耳には、可笑しいぐらいに三成の声しか聞こえなかった。
三成は静かに振り向いて、目を細める。
「…三成と呼んでくれ…」
咥えていた葉巻を灰皿に押し付け、左近は動転している胸中を治める。
藪から棒に一体何を言い出すんだ。
「…筒井社長だって、俺の名前は知らないんだぞ…」
日の光が振り向いた貴方の髪を溶かして、着物の金糸が息をするたび煌いた。
「やっぱり…駄目か」
そうだよな…と諦めた顔が。
壊れる。
粉々になってしまうと、そう思った。
伸ばした手はもう意志なんて持っちゃ居ない。
左近は窓際の薔薇を抱き締め、三成と言った。
「島様…」
襖を隔てた隣に、女将が居るなんて。
もし見られたらなんて。
そんなの、もうどうでもいい。
着物に埋もれているといっても過言ではないその華奢な体は、あの時のように震えていた。
また拒絶されている。
左近の脳裏にあの時の怯えた顔が浮かび、ふっと消えた。
腕を緩めながら言い訳を考えなければと思った。
刹那。
「…この、まま…………」
着物から伸びる貴方の手が、俺の背に爪を立てる。
スーツに傷を付けるように。
夕日も相俟い、胸が焼けすぎて千切れそうだ。
「……どうか………このまま……」
殺して欲しいと、声には出なかった。
唇がそう紡いだのが微かに音になって俺の耳に届いた。
「………俺たちも、堕ちてみますか…」
なぁ、牡丹を攫った金髪の大男よ。
俺もやっと、あんたの必死だった面白い狂歌の意味が分かったよ。
一瞬で全てを棄てても手に入れたいと、守ってやりたいと思った気持ちが。