玩弄 薔薇帛










 * * * 

何処からとも無く鶏の鳴き声がして、三成は目を覚ました。
寝ていたにしてはやけに疲れが取れていないと、胸を撫でようとした時。
鳩尾を殴られて意識が飛んだのを思い出した。
急いで体を起こし、牡丹の部屋に入った。
「兼続…!」
その部屋には兼続が一糸纏わぬ姿で仰向けに寝かされていて、その上から牡丹の刺繍が入った着物がかけられていた。
乾いた血が布団のあちらこちらに落ちている。
「…っ、伊達の野郎…っ!」
三成は傍に寄り兼続の頬を撫でて、兼続と何度も呼ぶ。
すると、その呼び声に薄っすら目を開いた兼続。
「…おゆきは、大丈夫か…?…三成…何を泣いているんだ…?」
三成は瞳からぽたぽたと落ちる涙を止められない。
どうして本当に酷い目に遭ったのはお前なのに、人の事ばかり心配する。
そんなんだから、あんな外道に好かれてしまうんだ。
「済まん…俺が、力が無いばっかりに…お前を…庇えなかった…済まん…」
兼続は微かに口角を上げて、三成の頬に手を伸ばした。
「これも、運命さ…」
お前は優しいな。と兼続は笑った。
優しくなんかあるもんか。俺は結局、お前を見殺しにしたのと変わらないんだ。
三成は、俺は優しくないと横に頭を振った。
兼続はゆっくりと体を起こして、掛けられていた着物を羽織った。
「…三成、頼みがある。」
包帯を巻ける医者か看護婦を呼んで欲しい。
三成は二つ返事をして、直ぐに部屋を出た。
そして女将に言いつけ呼ばせた医者が、兼続の包帯を巻き終えた。
くれぐれもお大事にとの言葉を残して若い医者は帰った。
「…してやれることが、これぐらいしかない…」
その言葉を聞いた兼続は静かに微笑んだ。
手では膝の上で泣き疲れて寝てしまったおゆきを撫でながら。
「こんなことを頼めるのは、お前しか居ないんだ…三成」
三成は胸が詰まってついそっけなく、よく言うと返してしまう。
だが兼続はそれは照れ隠しだと知っているから、くすくすと笑った。
「りんごっごま、マント、蜻蛉!本棚、菜っ葉、花っ!」
だが、突如として聞こえてきた大声に二人はびくりと体を跳ねさせた。
掠れた声はどう考えても子どもではない、そんな声が稚拙な単語を並べて叫んでいる。
その不可思議な言動に、変な奴も居るなと声を掛けようと兼続を見た時だった。
三成は、出会ってからこれまで兼続のこんな顔を見たことは無かった。
口を押さえ、泣いているのに嬉しさの滲んでいるその潤んだ瞳。
三成は全てを理解して、兼続の膝の上のおゆきをそっと己の膝の上に移した。
「…行くと良い…、番頭に気付かれぬうちに早く。」
兼続は途端に三成を見て、出来ないと袖を掴んだ。
相変わらずそのしりとりは続いているが、そろそろ訝しげに皆が覗きだす。
「……さようならだ、兼続…達者にな…」
でも、と兼続は言ったがその後に続いたのは御免という決別の挨拶だった。
兼続が部屋の桟に身を乗り出したと同時に、下の方からの叫び声。
「飛び降りろぉっ、俺が必ず受け止めるからっ!!!」
三成は後を追って路地を見下ろすことはしなかった。
ただ、窓の光に吸い込まれるように飛び降りる兼続を、どうか幸せにしてくれと。
静かに願って、おゆきの頬にぽとりと涙を落とした。