玩弄 薔薇帛










 * * * 

どうして俺はこの男を止めたんだろう。
左近は己の行動が腑に落ちないで居た。
別にどうなったって良いじゃないか、筒井の愛人なんて。
もうどうせ出世街道とかいうのも、嫌われたのが分かった時点で消えたのだから。
今更薔薇を死なせないように、誰かの物にならないように見張ったって。
利なんて無いのに。
日もすっかり暮れて、隣の部屋の伊達の坊ちゃんも静かになった。
「…ってか、御曹司までこっちねぇ…」
左近は苦く笑って気絶させた薔薇を見た。
「…泣かせるなんて、俺は何してるんだろうな…」
自分の不満を他人にぶつける事ほど、お門違いは無いだろう。
「御免…」
たまたま虫の居所が悪かっただけで、あんな罵声を浴びせた事を後悔する左近。
左近は薔薇に手を出す気など無かった。
もともと女の方が好きだし。
なにより美しいと思いこそすれ、薔薇を恋しい等と思ったことは無かったから。
あの行為は自棄になった投げやりな最低な行い。
でも、目の前で泣かれた時、初めてお目にかけたときの。
砕けそうな硝子の美しさに好印象を覚えたのを、思い出したのは何故だろう。
荒むだけだと言われた刹那に込上げた、この思いは…
「まさか」
在り得ない、在り得ない。
左近は無い無いと頭を振って、眉間に皺を寄せた。
そんな事を考えていた時だった。
とんとんと叩かれた襖が、夜を配慮してか音も無く引かれた。
「…島様、今日は本当にどうお礼を申したら…」
中にはいるでもなく、女将は廊下に座り深い礼をした。
囁くような静かな声と共に。
「……ゃ、別に…そんな畏まられること…」
すると、いいえと大袈裟に頭を振ってまた礼を深くする。
「薔薇にまで目を付けられては、この店も回りませんし…何より、筒井様に筋が通らなくなりますわ」
「そりゃ…そうでしょうね、社長も…伊達に喧嘩売るなんて出来やしません」
あぁ、きっと出来ないだろう。
妻帯してる社長が、よもや陰間一人の為に身を滅ぼすなんて事。
会社が波に乗っている今、わざわざ危険に身を曝け出すなどありはしない。
仕方ないと諦めながら、伊達に薔薇を捧げる…それぐらいだろう…
「おゆきも、連れて来て下さって…」
左近は手を振りながら、いえいえ。と笑う。
「…あの子、大丈夫でしたか?」
「今は、手拭を濡らしたのに蘆薈を付けて手に巻いて寝てます…」
あの子は薔薇や牡丹の後釜になれる器量ですから、と女将が重ね重ね礼を言う。
「…じゃぁ、俺もそろそろ床に就かせてください。」
女将は、では失礼しますねと襖を閉めた。
左近は疲れたなと詠歎し、壁伝いに雪崩てその場に横になった。
目の前の割と近いところに薔薇の体が横たわる。
「…明日先に目を覚ましたら、俺は殺されるんだろうか…」
左近はうつらうつらと、それでも良いな。なんて思いながら瞳を閉じた。