玩弄 薔薇帛










 * * *

最近任された仕事が、平たく言うなれば嫌になっていた。
社長の愛人の近辺調査や伝書鳩。
そんなの、餓鬼の使いでも出来ること。
女好きだから心配無いからと、安心しているからと言われても。
俺の立ち上げた企画を他人にさせてまで、俺がこの役回りをしなければならない理由にはならない。
釈然としないが社長の直々の命なら仕方ないのも確かで。
だから、俺は軽い仕返しでもしてやろうかと思った。
薔薇が困っていると聞いたそのときに。
咄嗟に。
社長に手紙を渡すと、紅の付いていることに嬉しがり、返事が貰えたと声を上げて喜んだ。
俺の仕業だと良心が多少痛んだが、それよりも気味が良いのが勝った。
それから、もう暫くは薔薇も忙しいと分かっているからこんな役目も終わることが出来る。
俺は違う世界を覗き見た。とこの数日を思い出にしようとしていた。
「島、この金で薔薇を毎晩買え。」
のに。
「…何を仰るんです?社長が」
「命令だ。」
あんたが行けよ。あんたのお気に入りだろう?
どれだけ言ってやろうと思った。
漆黒の社長机に乱雑に落とされた五円札の束に俺は言葉を失った。
俺は薔薇が幾らかなんて興味は無いが。
それまでして、独占したいのか。
なら尚更、社長が行けば良いものを。どうせ此処で座っているだけなのに。
「儂は、今から東に行かねばならぬ。儂が、だ。」
そう考えていたからか。
社長が儂という単語を強調したとき、俺は分かってしまった。
俺は、邪険にされている。と。
「…失礼します」
後ろから新入りだろう、聞いたことの無い若い男の声がして車が用意できましたと言った。
蝶ネクタイをつけて帽子を被りながら社長が念を押した。
「…他の男に、買わせる事は許さん。」
絨毯からタイル質に変わった足音が遠ざかり、重厚な扉が閉まる音。
「…っ!」
俺はそれを掻き消す様に投げ出された札束を鷲掴んで部屋を出た。