出来るだけ安静にしていろ、極力動くな。
女将に耳に胼胝が出来るほど言いつけられた私は、文字通り布団で生活することになった。
私たちの職業は基本、寝不足だ。
だが悲しいことに、勤めの時間が来る前には必ず目が覚めてしまう。
「…痛い…」
小刀を突き立てられた肩の後ろ。
断続的なじんじんとした痛みは、あのときから相変わらず続いていた。
これは寝ようと思っても、寝てしまえる痛みでは無かった。
触らないでも、熱を持って膿んでさえいるのではないかと思える。
気を紛らわそうと、誰ぞが開けたのであろう自室の窓を見た。
昼と夜とが混ざった空色は、ただ何処までも遠く感じる。
「…………」
何て、空しいんだろう。
夕日に照らされた赤い雲が、ゆっくりと窓縁から消えたときだった。
見間違いかと何度か瞳を擦ったが、どうやら本当に起きた事のようで。
おかねは無理して体を起こして、窓際に近寄った。
じゃり。との音と共に突如姿を現したそれは。
「…おじゃみ…?」
小豆色した、掌に収まる可愛らしいお手玉だった。
しかもそれには器用なことに、手紙を入れる袋のようなものが付けられていて、手紙まで入っていた。
「まめな…」
おかねは驚いて、それを拾い上げた。
そして随分と細かく折られた小さな紙を、つまみ出して開いた。
おかねは中身を見た刹那、痛みを忘れてくすりと笑った。
「…な、何だこれは…」
そこには、狸と猫と狐を足して三で割ったような動物。
それが小さな蛇の様なものを退治している。
落書き。
…いやきっと、真剣に描いてこれなのだと思う。
だけど、自分でも絵心が無いと知っているのか矢印をして説明書きが記されている。
どうやら、この不思議な獣は虎のようで。
蛇のようなものは竜らしい。
「…ふふ、面白い…」
どうしてこの虎と言う物体は愛嬌のある顔をしている。
蛇みたいなのは角が付いているのみで、なんだか本当に取ってつけた感がして滑稽で。
見れば見るほど、味がある。
「…?」
おかねは、絵の下に書いてある文字を見つけた。
あまりに絵が印象強くてあることに気づかなかった。
「…『返事をくれるなら、窓の桟にお手玉ごと置いて欲しい』…?」
おかねはまた可笑しくて、くすくす笑う。
だって、どうやって。
「この絵の返事を出せと言うのだ…」
ひとしきり、この不思議な絵を堪能したあと。
おかねは早速返事を書き始めた。
いや、描き始めた。
だがやはり自分にも絵心は存在しないらしく。
お手玉に入っていた手紙の絵とは団栗の背比べになってしまった。
この絵を笑ってしまったことを少し後悔しつつ。
おかねもまた自分の描いた絵に矢印を書いて説明書きを加える。
私のほうが未だ、虎っぽくないか?
竜は…見たことが無いから分からないな、お互い。
ここまで真剣に書いて、おかねは動作を止めた。
「…からかわれて居るのかも…しれぬのに…」
描いた紙を握りつぶしてしまおうか。
でも、遊ばれているのだとしても、それでもいいかもしれない。
また返事が返ってくれば、日がな一日の暇つぶしになる。
おかねは、踊らされるのもまた一興かな。
なんて思いながら小豆色のおじゃみのぽけっとに手紙を詰めて、窓の端の桟に落ちないように置いた。
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