「…お先真っ暗だねぇ…」
そうやって、何時も自分を諌める。
しかし何故か、今回に限っては。
それでも諦めがつかない自分が居た。
大概はそうやって諦めて、いつも運命だと受け入れてきたのに。
慶次は空を見上げた。
生憎遊郭の出口の門に光る安っぽい橙と赤の電気が、見えるはずの星を消す。
「…どうしちまったんだ…」
呟いた言葉は、煙の様に空には上らなかった。
一つだけ分かることがあった。
多分、あの瞳のせいだ。
日影の涼やかさを持ったあの両目が、俺の中の何かを見て潤んだ。
横の花魁が訳の分からねぇことを大声で言ったから、すぐ引っ込んじまったけど。
客引きの色情じゃないのだけは分かった。
あの目は、演技はしてなかった。
「…駄目元で行ってみるかね…」
慶次は元来た道を引き返した。
逢える気は持たないで置こうとは思っても。
もしかしたら、もしかしたら一目見れるかもしれない。
そんな甘い考えが、足を急かせた。
先程見上げていた位置まで帰ってくると、部屋の窓からは仄かな蝋燭の様な光が揺れていた。
ちくりと、胸が痛い。
客が居ないなら、そんな雰囲気を醸す演出をするわけが無い。
もう、心までも手に入らないのではないかとの考えが込上げて慶次は頭を振った。
夜は闇色を濃くして、遊郭は一種の美しい幻想を思わせる。
それに乗り切れなくて疎外感が身を焦がして、慶次はもういい。と叫んでしまいそうになった。
だが障子窓に人影が色濃く映り始めて、叫ぶ代わり咄嗟に身を隠した。
二階の窓の真下、顔は見えないがそんなのは夜の帳のせいだと諦めはつく。
しかし聞こえてきた声に俺は戦慄さえ覚えた。
「牡丹、見えぬかあの…最果ての店まで儂の系列よ」
…あの生意気な、餓鬼…
そしてすこし間を置いて、微かにだが声が続く。
「………凄いですね……」
この声が…俺の一目惚れ……
慶次は耳を澄まして、続く言葉を全て覚えておこうと思った。
だが同時に、あらぬ考えも頭を過ぎった。
この声で…あんたは、その餓鬼に…
そう考えた瞬間、ちくり所では済まない胸の動悸。
「……お若いと」
突如、何かが派手に倒れた音と罵声が飛んできた。
「見下したのか!あぁ!?」
胸の動悸に気を取られて、話の脈絡が掴めない慶次は、見えるはずも無いのに窓を見上げた。
「お主には、何が神様かわからせてやらねばならんのぅ…」
「っ、赦し…政宗様!」
涙声でせがむ牡丹に罵詈を浴びせる餓鬼の声。
慶次は歯茎から血が出るほどに奥歯を噛み締め、その場を走って逃げた。
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