玩弄 牡丹帛










 * * *

横に居た花魁が、上を見てみてとせがんだから。
見上げたときだったと思う。
多分、あれが。
一目惚れってやつだと思う。
「慶次!お前やる気があるのか!?」
叔父貴の怒声が楽屋裏を震撼させた。
慶次は、鬱陶し気に煙管を加えつつ斜に構えた。
「高が練習じゃないか。俺だって乗らない日もある」
「気分屋が!それでも一端の役者か!」
こめかみに浮かぶ筋は見慣れているが、今回は更に拳まで握り締めている。
すこし、厄介かもしんねぇ。
「…俺が悪かったよ。頭冷やす…」
面倒事が嵩む位なら、少ないうちに片しておくのが上策。
「分かったんなら、さっさと化粧し…おい!何処へ行くんだ!!」
慶次は着崩した歌舞伎者の格好で、そのまま外へ出た。
次期跡取りかなんて、親父が家元だったから言われてた時もあったが。
上方の総本家の方針で、叔父貴が跡取りになった。
俺は唯の役者になった。
しかも好きでやってた訳じゃないし。
慶次はいつの間にか、あの時の場所に来ていた。
見上げれば硬く閉ざされた窓。
「…開かないもんかねぇ…」
暫く練習に帰る気も無いから居催促でもしようか。
慶次はただ通りの真ん中に立ち、上を見続けていた。
だが、昨日と同じ時間になってもその窓は開くことは無かった。
徐々に歓楽街は賑わいを増し、営業が始まる。
程なくして異国製の高級車が目の前に滑り込んだ。
「政宗様、帰りは…」
「明日の昼頃に来い。」
顎で指図する生意気そうな餓鬼だが、大層な金持ちなのは一目瞭然だった。
俺がそんな事を思っていたからか御曹司と呼ばれている青年が、ちらっと俺を見た。
そして、ふっと嘲笑ったように見えた。
「………お前が汗水垂らした金でもあるまいし…」
慶次は気分が悪くなり、踵を返してもと来た道を歩き始めた。
人混みに身を任せ、ふらふらと歩いた。
何故か何もかもが嫌に感じられる。
「俺って、一体何がしたくて生きてきたんだろうな…」
煙管に火を入れ、吸いながら賑やかな色町を歩く。
誰も彼もが、この町に憂さを晴らしにやってきてる。
「浮世は…」
いつの間にか遊郭の出口まで流れ着いていた。
「辛い事が多すぎる…」
口から吐いた紫煙は、闇夜に妖しく消えてゆく。
そういえば。
あの部屋の住人の名前は何なのだろう。
陰間の専売楼だった気がするな…確かあそこは。
慶次はふっと吹き出し笑った。
一目惚れが、まさか男とは。
同業者の女形は女以上に女になり切る為に身を売る。
だがそれは、その仕事に誇りを持ってるからだ。
でもあそこの稚児上がり等は。
「…売りたくて売っているわけじゃ無いんだよな…」
そんな事を思うと、急に近寄れない気持ちになる。
買われる事を望まない奴に、気持ちを込めて買ったと言っても。
そんなの誰が信じるよ。
慶次は煙管を吸って、また煙を吐いた。