山を逃げ続けて三日目、牡丹はとうとう熱をだした。
背中の傷が原因だと思うが、きっとそれだけではない。
食いもんも乏しく、慣れない野宿にいつ追っ手が来るか分からない恐怖。
気なんて休まるわけ無かった。
慶次は腕の中で子供の様に熱い牡丹を抱きかかえながら、向こう見ずな自分をただ責めた。
俺がこの手で救い出してやると息巻いて。
こんな辛い思いをさせてしまっている。
あのまま、あの柵の中で生きたほうがまだましだったんじゃないか。
あの時、俺が攫おうなんて思わなければ…
「降ろして、くれ…」
牡丹が苦しそうに言った。
慶次は馬を止め、ごめんと言いながら抱き締めた。
「…足手…纏いは嫌、だ…」
深緑の中、兼続は慶次を力いっぱい抱き締めかえす。
「このまま…私を置いて…逃げれば、きっと…」
…もう、喋らないで欲しい。
あんたは何も、悪くないのに。
慶次は熱で濡れた瞳が自分を捉えた刹那、兼続の唇を奪った。
初めて重ねた口は、溶けそうな程熱くて甘い。
「…名前、何て言うのかね…」
連れ去った時泣かれてから、ほとんど会話なんてしてなかったから名前を聞いた。
「兼続…」
兼続は先程までの会話を忘れてしまったかのように、そう言って俺の胸に埋まる。
「じゃぁ兼続、慶次の為に…置いて行ってなんて言わないでくれ…な…」
「慶次…?」
あぁ、俺の名だ。と慶次は言って、また馬を道なりに進め始めた。
どうしよう、こんなにこんなに愛おしいのに。
俺のせいであんたは弱る、俺のせいであんたは悲しい事を考える。
ただ、側に居たいだけなのに。
馬の振動は予想以上に堪えるのか、体だけではなく、息まで上がってきた兼続。
どうしたら良いのか分からないのが、腹立たしくて情けなくて。
慶次はさっきから、熱い傷口を見詰めながら、ごめんしか言ってなかった。
そのたびに、兼続も済まない、と言って、泣いて。
兎に角何でもいいから、助けてくれと叫びそうになる。
「!?」
慶次は手綱を引いて馬を止めた。
目線の先には細い山道を手前から、鋸を持った年寄りが歩いてきていた。
このまますれ違ったとしてあの年寄りは何処へ行く?
里へ降りて、尋問を受けるのではないか。
例えば、妙な二人連れを見なかったか?と。
「…慶次…?」
兼続は突然に止まった慶次を見る。
「…俺は、地獄に堕ちても構わない…」
今から起こる事は白昼夢だと兼続の耳元で囁いて、慶次は馬を降り背に兼続を落ちないように乗せる。
兼続は熱に浮かされた意識の中で、慶次を目で追ってその先の年寄りを見つけた。
「…止め…駄目…」
助走をつけて走り寄る慶次。
「もう、止め…っ!」
精一杯出したであろう兼続の声は、その直後に一斉に飛び立った鳥の羽音に消された。
黒い羽がひらひらと舞う。
「…死んでから、贖うから…」
慶次は震えを隠すように拳を握り締める。
倒れた老人に何度も心中で謝りながら、道の脇に引き摺った時。
本当に細いが小さな脇道を見つけた。
その奥に簡易な木小屋があり、慶次は己の罪深さに言葉さえ失った。
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