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暫く走って、追っ手も居ないことが分かり慶次は馬足を緩めた。
人通りが少ない道を逃げてきたが、流石に俺の身形と牡丹の身形。
何か事情があって抜け出したのぐらいは勘で分かられてしまうだろう。
慶次は逃げ道に予定していた、昼でも薄暗い山の細道に入った。
元々俺達の住んでいた所は、山と山の間にある小さな平地に作られた遊郭だった。
町全体が遊郭だと言っても過言ではない。
だから、大道を脇に逸れば直ぐに険しい山道が俺達の行方を晦ませてくれる。
「牡丹…?」
慶次は胸に顔を埋め続けている牡丹が、小刻みに震えているのに気付いた。
「どうした…?」
背を撫でてやると、牡丹はさらに震える。
そして兎のように真っ赤にした目で俺を見上げた。
思わず固唾を呑んだ。
「私のせいで…三成が…もし、三成がっ…」
胸が軋んだ。
誰をも犠牲にする覚悟は出来ていたつもりだった。
でも実際、目の前のあんたが他の誰かの為に涙を零すなんて考えて無かった。
飛び降りたその時に、全てが手に入ったような気ばかりしていた。
思えば、名前さえ知らないのに。
「じゃあ、帰るか?」
口先からそんな一言が出てしまいそうになり、慌てて飲み込む。
あんたは狡い。
他人の安否ばかり気遣いながら、俺の着物を握り締めるんだ。
「…俺が…守るから…」
俺には当たり障りの無い言葉が、これしか浮かばなかった。
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