「…行くと良い…、番頭に気付かれぬうちに早く。」
驚いていた間に膝の上の暖かさは遠退き、横に居る三成が嬉しそうに笑った。
三成は聡いから、私の顔を見ただけで全て分かってしまったのかも知れない。
兼続は咄嗟に袖を掴んで出来ないと言った。
どうして一緒に出ようと誓ったお前を置いて行ける。
そんなこと、そんなこと…!
「……さようならだ、兼続…達者にな…。」
しかし、三成は今度は突き放すように冷たく餞別の言葉を口にした。
道は分かれてしまったのだと、割り切る答えしか認めないと三成の瞳が訴えていた。
兼続は三成に抱きついて御免と言い、直ぐに窓の外に身を乗り出した。
「飛び降りろぉっ、俺が必ず受け止めるからっ!!!」
窓の真下に、金髪の大男が馬に跨り牡丹と呼んだ。
あぁ、そなただったのか。
私を相手にしてくれていたのは。
次の瞬間、私の体は宙を舞ってその男の腕に飛び込んでいた。
「掴まってな、絶対…絶対に離すんじゃねぇぞ」
金髪の男はそういって私を片手で抱いて、向かい合わせになるように馬に乗せた。
声を出す時間も惜しく、兼続は頷いて胸板に顔を沿わせるように腰に手を回して抱きついた。
店の門から溢れるように見張りらが出てくる。
もし逃げられなかったら…そう思っただけで体が震える。
「松風、名は飾りじゃない筈だ!行けっ!!」
慶次は何度も鐙で腹を蹴って、松風を走らせた。
「誰かとめてぇっ!」
女将の甲高い叫びが郭に響き渡った。
未だ足が健在だった頃、幾度と通った道が思い出を思い出す暇も無く流れていく。
三成は無事だろうか。
兼続は慶次の胸に顔を押し付けて、涙を堪えた。
無事なはずが無い。あの部屋に居たんだ。
今頃…
友を置いてきた罪悪感と目の前の暖かさが綯い交ぜになる。
もう今更戻ったとて、三成が受けるであろう拷問が私に代わる訳じゃない。
何より、折角逃がしてくれた三成がどんな顔をするか…
だが、でも…
「もう直ぐ大門だ。覚悟を決めてくれ…」
兼続は…あぁ、と本当に微かだが声を発した。
「俺は、牡丹。あんたの為なら…人も殺せる。」
慶次はそう言って、兼続の顔を覗きこんだ。
俺もそれぐらいの覚悟であんたを攫ったんだと言って。
見えてきた大門は連絡が入っていないのか、閉められては居なかった。
八年前から知らない世界が、私の背後に広がっている。
八年過ごした私の過去が、私の前から遠ざかる。
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