和の言葉を題材にして50のお題





願をかける



「オン マカラギャ バゾロ シュ…っ……慶次。」
早朝、直江邸。
兼続の日課は愛染明王の御前で真言を唱え願を掛けることだった。
それから、写経をして漸く朝餉をとるのである。
この親にしてこの子有りとはよく言ったもので。
まさに、この師にしてこの弟子有り。
因みに師とは、毘沙門天を崇拝していた人物であるとは言うまでもない。
だがねぇ…一緒に寝ていた念友が朝には必ず居ないってのは。
結構寂しいもんなんだよなぁ。
「気が散る、そのような所から覗くでない。」
兼続は数珠を掛けた手を其の侭に、慶次には目もくれず言う。
「何時もの朝餉は用意させておる故に、先に食べて居てくれ」
慶次は黙って、板間の引き戸を閉める。
今に始まった事じゃ無いから…
慶次は顔を清めて、膳の用意されている部屋に行く。
兼続の日課を待ち一緒に朝を食べるのが、慶次の決まり事でもあった。
時は経ち、半刻の後。
清々しい顔をした兼続が、慶次が待っている部屋に入ってきた。
「…慶次、…拗ねているのか?」
膳の有る所に対座するように座った兼続は慶次に尋ねた。
「拗ねるも何も、俺と会う前からのことじゃねぇかよ」
と慶次は笑ったが、内心は拗ねてるよと嘲る。
兼続は静かにもう一度立ち上がり、慶次に近寄った。
「今朝は済まない…そう荒ぶれてくれるな。…私にもやっと、神仏が…だな…その…」
兼続は真剣に慶次を見詰め、一度大きく深呼吸をする。
そして意を決して言った。
「…赤の拵えに、派手な姿に…私は……そなたに、愛染明王をみたのだ…」
…………。
機嫌を直して欲しいといった言葉にしろ。
よく…言ってくれるじゃあないか。
「…罰当たりだなぁ、あんたって。」
すると柄にも無く兼続が口を噤んでしまった。
その代わりと言っては何だが、拳で腕を殴られる。
痛みは無いが、それは一向に止む気配が無い。
「…でも、」
慶次は殴り続ける左腕を捉える。
何故だか分からないが、神や仏にも勝った気がした。
「あんただけの神になれるなら、満更じゃない…」
兼続は真っ赤になり、冷めた膳を右手で指して冷えてしまうと言った。