和の言葉を題材にして50のお題





玉 響



執務に追われ、慶次を蔑ろにしてしまうのはよくある事だった。
本当は何時だって構っていたいし、構ってもらいたい。
だが、そのような駄々。童でも許されぬ事ぐらい分かっている。
それに、慶次は…待ってくれる。
何かしらして暇を潰して、必ず待っていてくれる。
…そう何処かで甘えていたのだと思う。
「是を、景勝様に、と…」
今日片さなければならない書状も仕上がり、兼続は腕を伸ばし背伸びする。
とはいえ、仕事なんてのはきりがないもので探せばごまんと出てくる。
兼続は、また墨を磨り始めた。
今日できる事は、しておかねばな。
そろそろ終わりかと、気を利かせて一服の茶を淹れに行った小姓が戻ってきた。
「…ご苦労」
兼続はにこっと笑うが、小姓は蒼褪め、慌てて硯に近寄る。
「済みません!墨を用意出来ておりませんでした…」
「良い。美味い茶を淹れてくれたか?」
「はい!それはもう!」
小姓は盆の湯飲みを机上に置いた。
そして、失礼しますと墨のほうへ手を伸ばしてきたので、兼続は頼むと作業を任せた。
「…うむ。…そなたの淹れるのは相変わらず美味い!慶次に…」
湯飲みを乱雑に机に置いて、兼続は隣部屋の襖を引いた。
「…おぉ…。…お疲れさん、兼続」
そこには、障子から外を眺めている金色の虎。
何刻待たせたんだ私は…!
兼続は直ぐに手を突いて済まんと言った。
慶次は怒るでもなく、許すでもなく、んー…と頭を掻いた。
そんな反応は今まで無かった物だから、兼続は慌てふためき只管謝り倒した。
「……謝って欲しくて、待ってた訳じゃ無いからねぇ…」
だがそれは逆効果だったらしく、慶次は苦笑う。
「いや…その…」
と兼続が気まずく顔を上げた刹那だった。
床に突いていた手を掴まれ慶次に引き寄せられた。
かと思えば、慶次はその引き寄せた惰性で仰向けに寝て、兼続をうつ伏せに…
そう、腹の上にでも乗せるようにして慶次は兼続を抱き締めた。
「…小姓が…」
見ていると、兼続は開けた襖に視線を向ける。
が、察しがいい小姓は何時の間にか姿を消していた。
兼続は妙に安心して慶次を窺った。
しかし、慶次の口からは兼続の言った言葉に対する返事は無かった。
ただ慶次は微かに、天井に呟いた。
「…しばし…このまま……」
と完全なる独り言を。
兼続の胸がいやに高鳴った。
「慶次…………」
一言も、そんな事言わなかったのに。
確かに今。
言った。
寂しかった、と。