和の言葉を題材にして50のお題





憧 憬



己に無い物を持つ者程、眩しく思えるものだ。
俺は茶屋で遊女を侍らす左近に二万石出すから仕えろといった。
欲しいのは同士なのだから。
そんな事も言って、左近を召抱えた。
否…召抱えたかった。
案の定、二万石は高くなかった。
戦において、俺では考え付かない発想も多々あった。
流石、孫子の兵法を信濃にまで赴き、学んだだけはあると舌を巻いた。
…。
「…左近…」
羨ましかった。
お前の知略が俺にあれば、と思うぐらいに。
無い者強請りは愚かだとは分かっていた。
だがそれでも羨ましいと思ってしまう心。
如何する事も出来ない。
「はい?」
幅広な刀に油を塗っていた左近は、三成の呼びかけに顔を上げる。
「…お前は、どうして…そのだな…俺に仕えた…」
三成は居た堪れなく、鉄扇を開いたり閉じたりした。
どうして口先からこんな言葉が出たのかが分からない。
お前の考えが俺にあればと言いたかっただけなのに。
「…そんなことですか」
左近は小さく笑い、瞳を閉じて頭を傾げた。
「そんなこととは…言ってくれるではないか」
きっ。と三成が細い眉を顰め、鉄扇を閉じた。
適当に言ってしまったとはいえ、その答え方は些か気に食わない。
「…殿には俺が必要と思ったからですよ。」
間違いなく、三成の体感温度が三度は上がった。
胡坐をかいていた三成は立膝になり、なななと後ずさる。
「俺、自慢じゃないんですけど。勘は鋭くって…好かれてるとかって分かっちゃうんですよね」
三成は慌てて鉄扇を振り翳し、左近に言う。
「自惚れるなっ、俺がお前など好く……もの…か……っ」
この思いは、決して好いた惚れたの部類ではない。
断じて断じてっ。
「あっはっはっはっはっはっ!」
左近は刀を畳に転がし、腹を抱えて大笑いする。
その真っ赤なお顔ときたら!なんて指差しながら。
「左近〜っ!」
人が真剣にお前が羨ましいと思って、あまつ尊敬に近い念まで抱いていると言うのに。
この男は。
三成は左近の胸倉を掴み、赤面しながら笑うなと言った。
刹那、後頭部に回る左近の手。
「そろそろ己の気持ちに正直になられては如何です」
左近は騙し討ちの様に三成の後頭部を引き寄せ、唇を奪った。
もう憧憬なんて言葉でこの関係は推し量れませんでしょう?
誤魔化すのは限界のはずだ。
三成の足は、左近に崩され胸倉を掴んでいた手は、空を切った。