和の言葉を題材にして50のお題





雁の音



雲居から、雁の音が聞こえる。
「…俺の心か…」
胸の中の懐紙を出して、そっと中身を見た。
駄目だと思ったときに開けて下さい。
これが俺の、最後の願いです。
慰めるように肩に触れた左近の笑顔が、落陽織り成す木漏れ日に浮かんだ。
逃げて逃げて、逃げた先。
追っ手こそ撒いた。
だが、沢山の犠牲を払っての上でだ。
かさりと何かが入っているのか、紙が磨れる音。
三成は失いすぎた多くの重さに堪えかねて歩く気力も無かった。
間も無く姿を表したそれは、あまりに即興な形見。
「…ぁの、……阿呆っ……」
ひと房の美しい黒髪。
それを結んでいる紐は、何時かお前にくれてやった物。
『…三途の川を渉る時にさえも、この髪紐だけは手放しません。』
だから左近に下さいよ。
そんな調子のいい事を言いながら、持ち去ったくせに。
三成の瞳から、雫がひとつ。
またひとつと頬を伝う。
「…済まん…………」
俺は、お前を一人三途に行かせたのだな。
お前は最後まで俺を気遣って、俺の心をこの世に置いて逝った。
俺が後を追わないようにだろう?
「…何一つ、俺はお前に…やれなんだ…っ…!」
気が付けば頬に摺り寄せていた髪からは、仄かな左近の残り香。
もう、二度とその持ち主と会うことは出来ない。
雁の音が、雑木林に寂しく木霊する。