和の言葉を題材にして50のお題





物の怪



生霊とは、寝ている間にも己の意思に反して生じるものらしい。
相手を強く思う余りに、その思いは物の怪とも呼ばれ…
「慶次!」
兼続は相変わらずの声で、慶次を尋ねて詰め寄った。
漢詩を読んで感慨に浸っていた慶次は冊子を落してしまいそうになるほど驚いた。
「女の腐った様にそなたの前で泣いたりしてはいないか!?」
「…は?」
兼続は慶次の持っている冊子を抜き取り、わざわざ横に避けて捲くし立てる。
「無様にも縋ったりなど、しては居らぬか!!?」
「ちょっと、ちょ!落ち着け!」
しかし兼続は話し出したら止まらない。
しかもそれは慶次に関すること。
止まるはずがない。
「己の制御出来ぬところで、私の衝動が勝手に動いてしまっているのだとしたら」
兼続は言いながら、慶次を見詰め抱きついた。
「この…思いが…そなたを殺めるなんて事に…なりはしないかと…」
喧しい程の遣り取りだったのに、部屋はその一言で静まりかえった。
慶次は一連の言動に、何を言いたいのか何と無くだが理解してそっと抱き締め返してやった。
「…仮にね、美しい生霊が俺を襲っても、虎は返り討ちにしちまうよ…」
むしろ。と慶次は悪戯小僧の様に言った。
「生け捕りにして、独り占めにして、俺しか瞳に映させねぇかもな」
慶次に抱きついていた兼続は泣きそうに顔を歪めていた。
「…そんな顔しなさんな。…楊貴妃も真っ青な俺の傾城…」
兼続の顔に手を添わせた慶次は、そう言って優しく笑った。