和の言葉を題材にして50のお題





遣らずの雨



どうして気の置けないそなたとの時間はこんなに早く過ぎてしまうのであろう。
慶次が帰り際に茶を一杯欲しいというので小姓に言い置いて、私と慶次は庭先に出た。
次に会えるのはいつか分からない。
首が長くなるほど待ち侘びた逢瀬。
あと少し、あと少しでいいから茶が遅く出て欲しい。
「なぁ、兼続?」
見詰めていた後頭部が不意に真正面を向いた。
急いで視線を泳がす。
「俺、今日此処に泊まっても良いかね?」
茶はまだか?
なら分かるが、泊まっても良いかねと、は…
「…先程と、言っておる事が違う気がするのは私の幻聴ではあるまい?」
あぁ、その通りさ。と慶次は笑みを称えて言った。
そして私には背伸びしても届かぬ所に手を伸ばして、葉っぱの裏に泊まった蝶を指差した。
「暫くしないうちに雨が降りそうだ…」
それに、と慶次は私に近寄る。
「雨が降ったんじゃ、兼続も無理に屋敷を出すことは出来ないだろう?」
あぁ、心を読まれている。
兼続は俯く。
「そなたは私を惑わすには、ほとほと長けている…」
帰ると言ったり、居ると言ったり…
「…もっと夢中になって貰いたいからねぇ…」
兼続がその言葉を聞き顔をあげて、慶次を見詰めたほんの寸秒後。
遣らずの雨が、霧雨を交えて降り始める。