和の言葉を題材にして50のお題





薄野原



佇むのも様になっていた。
左近は、一人夜の薄の海に足を踏み入れていた。
殿は自分が鍛錬している様を人に見せるのを嫌う。
多分、誇りのような物が許さないんだと思う。
だから殿は、宵は早く寝て明け切らないうちから体を鍛える。
しかも俺にまでその姿は見せない。
「水臭いったらない…」
何時になれば、心を許してもらえるのだろう。
少なくても、俺はもう心を許しているのに。
いつしか僅かな不公平感が、殿のひた隠す練習の様を見たいと思わせるようになった。
それは興味本位という言葉がもっともしっくりくるだろう。
「…………」
だが、その興味本位は限りなく幻想的なものを俺に見せ付けた。
鉄扇を振りかざし、ともすると胡蝶の様に舞い踊る。
淡い霜を薙ぎり、落ちる月光と風にしなる薄の穂。
身の毛もよだつ整った横顔から零れる、汗。
魅せられるとはまさにこの事。
殿は今日の訓練を終わりにしようと思ったのか、ふっと殺気を消した。
鉄扇を持った腕を垂れ、空を仰ぎ深呼吸をする。
伏せた瞳と、息を整えようと微かに開かれた口。
それを労う様に、はたまた慈しむ様に。
山から吹き降りる颪が薄野原を撫でて、殿を過ぎていった。
「…あんなの、山の神にも…惚れられますよ…」
三成が帰った跡に立ち尽くした左近はそう言って、月が浮かび上がらせた山を仰いだ。