和の言葉を題材にして50のお題





薫 風



何を怖気づく必要がある。
色恋沙汰は一つ二つの経験じゃぁない筈だろう?
こんなことで迷ってちゃ、前田慶次の名が廃る。
慶次は惚れた男を追ってとうとう越後にまで付いてきてしまった。
一度決めたら何が何だって成し遂げる。
それを粋だと誰かが言ったら俺は粋だし。
無粋だと言ったならそれは紛れも無く無粋だろう。
だが、そんな他人の目もどうでもいい。
俺は人様の目がどうでもよくなるぐらい。
はっきり言ってその男に魅せられていた。
あの、義を立てて慈しみを忘れない。愚直なまでの一途さ。
「手薬練引いても、こっちにこなきゃ捕まりゃしねぇ」
そして、俺の心を鷲掴んで離さない面白さ。
時々何処かに飛んで行く思考。熱く語りだすと止まらなくなる話。
「だったら、俺から行くっきゃない」
惚れる動機なんて、大それたものじゃない。
要は、なんでもない出会いを前世からの縁だと思うか思わないかだけの話。
「あの笑顔が欲しい」
満足がいくまで話し続けたあんたの、仄かに熱が残る顔で歯を見せて笑った顔。
そう俺はその顔に心を奪われた。
俺の心を再び俺の体の所定の位置に戻すには。
あんたを俺のものにするしか、手は無い。
空は快晴、薫風は快く気持ちが良い。
男が決意を示すには、もうそれだけで十分だ。
「さぁ、恋に落ちて貰おうか」