春花秋月
爛漫に咲き誇る春の花も負けを認める。
閑静に夜を支配する秋の月も隠れてしまう。
笑顔なんて滅多に見せない男の破顔を見た時だった。
その艶冶な姿に俺は言葉さえ失った。
それはそれは美しく、整った微笑みだったから。
「厭きないか?」
三成は己のこめかみを親指で押しつつ俯いた。
「えぇ、厭きません。」
左近は嫌がるとは知りつつも、きっぱりと言い放つ。
勿論、笑顔も忘れはしない。
全く持って殿には見られていないが。
「己で言うのもなんだが…」
殿は伏せた顔にこめかみを押していた手をもっていき、顔を窺わせないように翳す。
束ねはしない亜麻色の糸が、さらりと顔と手を隠す。
左近はそれを微笑ましく思いながら、すっと手を伸ばして髪を撫でた。
隣に座っているから、正面から顔なんて見れないが。
直球で褒められるのが大の苦手な殿は、褒められた事だけで動転してしまっているのだろう。
茹蛸のように赤くなった耳を隠すことを忘れている。
「並大抵の事では…俺は笑わんのだ…ぞっ…」
知ってますよ。えぇ、とっても。
左近は何も言わずに三成の頭だけを撫で続ける。
「…お前が!…訳の分からぬ事を言うから…仕方なく…だな……」
えぇい、撫でるなっ。と殿は頭を遠ざけるが、どうしてやめることができよう。
「顔見せて下さいよ…殿…」
もうあんな笑顔、二度と見せてはくれないんだろうけれど。
それは幾度と廻る季節が織り成す、四季の美しさのどれよりも。
待ち遠し過ぎて、厭きるなんて在り得はしなかった。
だってやっと俺に。
笑いかけてくれたんですから。
終