和の言葉を題材にして50のお題





春花秋月



爛漫に咲き誇る春の花も負けを認める。
閑静に夜を支配する秋の月も隠れてしまう。
笑顔なんて滅多に見せない男の破顔を見た時だった。
その艶冶な姿に俺は言葉さえ失った。
それはそれは美しく、整った微笑みだったから。
「厭きないか?」
三成は己のこめかみを親指で押しつつ俯いた。
「えぇ、厭きません。」
左近は嫌がるとは知りつつも、きっぱりと言い放つ。
勿論、笑顔も忘れはしない。
全く持って殿には見られていないが。
「己で言うのもなんだが…」
殿は伏せた顔にこめかみを押していた手をもっていき、顔を窺わせないように翳す。
束ねはしない亜麻色の糸が、さらりと顔と手を隠す。
左近はそれを微笑ましく思いながら、すっと手を伸ばして髪を撫でた。
隣に座っているから、正面から顔なんて見れないが。
直球で褒められるのが大の苦手な殿は、褒められた事だけで動転してしまっているのだろう。
茹蛸のように赤くなった耳を隠すことを忘れている。
「並大抵の事では…俺は笑わんのだ…ぞっ…」
知ってますよ。えぇ、とっても。
左近は何も言わずに三成の頭だけを撫で続ける。
「…お前が!…訳の分からぬ事を言うから…仕方なく…だな……」
えぇい、撫でるなっ。と殿は頭を遠ざけるが、どうしてやめることができよう。
「顔見せて下さいよ…殿…」
もうあんな笑顔、二度と見せてはくれないんだろうけれど。
それは幾度と廻る季節が織り成す、四季の美しさのどれよりも。
待ち遠し過ぎて、厭きるなんて在り得はしなかった。
だってやっと俺に。
笑いかけてくれたんですから。