和の言葉を題材にして50のお題





東 風



夢の中を吹いているような、柔らかい風が髪を弄ぶ。
梅雨に入る前の爽やかさはまだ感じられない。
三成は片手に杯を持って、柱に凭れ掛かり酒を飲んでいた。
夜になり少しだけ風が強くなって、開け放してある障子からは風が通り過ぎる。
枝垂桃からはらりと散る花弁が東風に乗って屋内へ誘われてくる。
「…なんて」
三成は目の前に落ちた花びらを眺め、愛おしいと零す。
花を愛でるなんて柄じゃないが、それが何故かとても愛しく思える。
夜なのに薄明るい部屋に、俺を頼って落ちた花一片。
まるで、そう。
「…左近…」
名を呟いた瞬間、三成は小さく頭を振った。
何を言っているのだ俺は。
あいつの面を見てみろ。花などに喩える類か。
また晩春の風が吹いて、目の前の花弁がころころと畳を滑る。
「…行くな、…」
三成は酔いの回った呂律の回らない口で本音を漏らした。
「…俺を…置いて…見限るな…」
喧嘩をした訳ではない、険悪になった訳でもない。
少し所用でこの城に居ないだけ。
でも、どうしてもどんなに何時もそばに居てくれて幸せでも。
満たされないと、満たされて居ないんだと心が訴える。
「…左近…」
いつの間にか俯いていた三成の肩に、そっと何かが触れた。
「…お呼びですか?…どうして俺を晩酌に誘って下さらなかったのですか?」
その幻聴は春の夜の夢に惑わされた、白桃の花が囁く幻。
「…好いておる…」
肩に落ちた花に手を重ねて三成は縮こまった。
お前の居ない春の夜の、なんと長く居た堪れないことだろう。
どうか早く、俺の元へ帰ってきておくれ。
慰めるような東からの風が。
俺の心を掻き乱して仕方が無いんだ。