和の言葉を題材にして50のお題





朧 月



月は昔から不吉だと相場が決まっている。
竹取物語然り、源氏物語然り。
だから、いつも怖いんだ。
矢鱈と月を愛でるあんたが、月に見初められやしないかと。
「朧…良いものだな。改めて見てみると」
兼続は真夜中の静けさを損なわない程度に、軒先から身を乗り出した。
唯でさえ月明かりは頼りない。
今日は更に霜掛かっているかの如くだ。
慶次は兼続が庭に下りないように、その体を抱き寄せた。
焚き染めた菊の香りが、ふわりと匂う。
「…慶次、そなたも好きだろう?美しいぞ?」
兼続は空を指差し、慶次の顔を窺った。
「………虎と月どっちが好きなんだい?」
俺の元より繋ぎ止めたい。
何からかは分からないが、漠然と。
そんなことを考えていたら無意識に口が言葉を紡いでいた。
兼続はきょとんと指差した手を其の侭に止まった。
「…やっぱり、月?…」
自分で言って悲しくなった。
多分、今の顔は情けないくらいに眉下がりの泣きそうな顔。
目前の兼続は言葉も出ないのか、俺の腕の中で完全に動くことを忘れている。
そんな口が、徐に形を変える。
「…そなたは白身で、私は黄身であろう?」
今度は慶次が固まった。
前置きが無いのは、出会ったときからであったが。
唐突過ぎて…意味が…
…意味…?
慶次はぎゅっと、兼続が苦しがる程抱き締めた。
何時も不意で、突拍子もなくて。
本人は全然意識してないんだろうけれど。
どうして。
「…白身の俺が、黄身のあんたを抱いて…守るよ…」
欲しい言葉をくれるのだろう。
「…そなたの懐で見るから、月も美しいのだ…」
くすり、と微笑むその伏せ目。
白い肌に丹花の唇。
「…虎に骨抜きにされてしまったよ…」
「…そいつは、俺の方さ…兼続」
兼続は努めて優しく、慶次の耳元で言の葉を囁いた。
「いいや、私だよ。慶次…」
朧月の幽かな月影に浮かび上がる影。
それが再び二つの影になったのは、明けの烏が鳴く頃だったという。