和の言葉を題材にして50のお題





薄 氷



季節の変わり目は気の抜けない時だ。
殿に仕え始めてから、親身にそう感じるようになった。
「…左近、」
「何でしょう?」
「…己、仕出かしている事が分からぬのか」
「分かった上での返事かと?」
殿は俺の返事を聞いて、更に苛々が増したらしい。
「…今から俺は、鍛錬したいのだが?」
「これからも俺はそんな殿を引き止める所存ですが?」
さっきからそんなやり取りばかり。
二進も三進もいかない現状。
「いい加減に…!」
「それはこっちの台詞です。」
左近は三成の顔に手を伸ばして、己の額と額を合わせた。
「殿…、未だ熱がおありです。どうか安静に。」
「俺の体は俺が一番良」
埒が明かない。
左近はその姦しい口振りを黙らせるため、そのまま口付けた。
そして、やさしく包み込んでやった時。
初めて抱き締めた時の線の細さに、壊れると思った事を思い出した。
「…!」
熱が下がったと言うならば、どうして寒さに震えているのか。
上気した赤い顔でよくおっしゃる。
「…さ、殿。寝室へ参りましょう」
「……大丈夫だと言っているだろうがっ…」
あぁ、もう。
部屋に一人なのが寂しいなら、そう言えば良いのに。
左近は三成を優しく持ち上げて、廊下を戻り始めた。
庭先の溜池に張る薄氷に、ぱきりと筋が通った。