古木
星の明かりさえ乏しい昏冥に漂う淫靡な気色が部屋を蝕んでいる。
その部屋の半ばで、息を吸うのも吐くのも艱苦が伴う兼続は組敷いてきた慶次を見上げていた。
こんなに鋭利な殺気を醸すのは初めてだった。
「…あの山犬は、私の矜持を如何にかしたかっただけで…」
久し振りにそなたと盃を交わし、羽目を外したとはいえ…
先程の失言は頂けなかったと兼続は赤い唇を噛んだ。
知己達の昔話や主の事、ましてや不識庵様の話をしたとて、慶次はこれまで苛立つことが無かった。
けれども政宗だけは別だった、それは小田原の時分にまざまざと肌で感じたことだったのに。
何を思ったか口を滑らせて仕舞ったのだ。
初耳なんだが?と囁くようなどすの利いた声に、握りこまれた指が震える。
「…危惧の念など抱かずとも良い、私には指一本触れさせてはおらぬ故。」
嘘ではなかった。
陪臣と茶が飲みたい等と言われ、殿の手前渋々談笑を引き受けただけなのだ。
ご丁寧に政宗の家宝の茶器で、自ら茶を立てた時には間誤ついたが、それだけだ。
そう、強いて慶次の癇に触る事項を挙げるならば、山犬の立てた茶を飲んだことぐらいだ。
ただ今思えばその時の山犬の態度は、驚く程に真摯であった。
「気に入らねぇ…」
慶次が悔しそうに眉を顰め目を細めたかと思うと途端に握力が強くなり、兼続は耐え切れず顔を歪める。
痛いと漏らすが指が緩むどころか、牙でも生えてきそうな口が兼続の首筋に歯を立てた。
甘美などとは、とてもではないが形容しきれない疼痛が、己の血の匂いと共に体を駆け巡る。
あんたは俺のものだと兼続の耳元で呟き、そのまま耳を甘噛むと片手で腕を纏め上げ、帯を解いて着物を割る。
酒を呷っていたとはいえ、怖気に素面となった兼続は身を捩り待てと懇願した。
だが裏腹に着物は肌蹴てゆく。
髪紐は荒く引き解かれ、生理的に浮ぶ涙はそのままに。
行為を咎める声は差し込まれた指に殺される。
我は虎だと言わんばかりの強引さだった。
如何に啼くとも、山犬など目ではないと。
獅子の歯噛みを恐れざらめやと云わんばかりの痕を、兼続の首に残して。
敷布団に磨れる衣擦れの音がやがて淫奔さを帯び淫逸な吐息が漏れる。
それでも嫌だと乱れる黒髪が、虎の在らぬ妄想を悪戯に焦げ付かせる。
「…あ…ぁ……!」
狂気の沙汰が、妬心を嗅ぎ分ける。
終