文字鎖





紅塵



朱色の籠目の奥に退廃的な色気を纏った女達が、品定めされている。
そんな遊里の大通りを行きながらも慶次の心は此処にはなかった。
生白い肌を思い浮かべては、白粉の女とくらべて違うと思い、あれは雪国の生れを物語っているのだろうと結論付け。
では緑の黒髪もまた、日の少ない土地ならではの黒さといえようかと、結い上げられて揺れていた髪を思う。
形は俺に一尺足らない位で、豆男ではないと自分と比べて考えて。
土地柄白米を食う機会も多いのかも知れないと厭きず脳裏にその男を思い浮かべる。
いや、何より気品が凄まじい。何にも穢されまいとする強さがあると褒めれば。
流石白龍の薫陶を受けたと云うべきかと絶賛さえしていた。
それにもまして、あの太閤を袖にした男!潔いじゃぁないかと気に入れば、もう何処を歩いていようと大差無い。
その時、馴染みの店の旦那が俺の前に躍り出る。
「素通りとは連れないじゃぁありませんか前田の旦那、別嬪も入りましたよ?」
暫時、心を戻した慶次は思わぬことを口走りそうになって言葉を変える。
「生憎今日は夢中になってる奴が頭を離れなくってねぇ、又にするよ」
左様ですか…と笑顔で引いていった客引きを尻目にまたゆっくりと道を歩き出す。
そして漸くやれやれと慶次は首に手を宛てる。
あの日以来、仮の住まいには居ても立ってもいられなくなって花街に出てきたのに。
全く女と飲むのに気乗りがしないのだから。
しかも危うく、今宵は東の色白女は居るのかと聞いてしまいそうになったのだ。
馬鹿だと思う。出里が一緒でも似て非なるのに、ましてやあいつは男なのに。
「…ぇ?」
慶次は急に立ち止まってしまい、後続の品定め中の男達がその巨体にぶつかる。
華美な慶次が立ち止まった店前の籠の中の女達は、色めき立って慶次の名を呼んだ。
「……いやぁ、まさか…」
慶次は苦く笑って顎を撫でながら店の女を見たが、別嬪ぞろいなのにも関わらず、全く心が躍らない。
可笑しい、珍しくまだ買われて居ない人気の花魁も、熱い視線を送って来てくれているのに。
寧ろ、その奥座敷の座敷牢に居るであろう陰間の方が、思い浮かべるだけでもそそるのである。
前髪の年端も行かぬ童が、白粉に紅で化粧された姿はきっと、限りなく、あんたに…
慶次は払拭しようと、態と声を出して頭を振り目を瞑った。
だがそれがいけないと思い知ったのは、余計に目交いに浮かぶのが止まらなくなってからで。
別嬪だなんて言葉では役者不足の白皙の美貌が、陰間の化粧で彩られる姿が。
一度しか見かけていないのに、こうも鮮やかに妄想できてしまう。
「……こりゃぁ…」
重症だと視線を上げると、そこには主の側を甲斐甲斐しく歩くあの男の姿があるではないか。
色町の艶やかな装飾に照らされる白皙の肌に、仄かに幸の薄そうな容貌。
烟る睫の奥に隠された藍媚茶のような珍しい瞳が、俺を見つけて…
「…参ったねぇ…俺にそのけがあったとは…」
思わず飲み込んだ唾の音に、心ならず胸が騒ぐ。