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三吉野



「秘め事の様だ…」
桜の名所と名高い三好野の側にある宿屋。
松明に照らされた夜桜は、真に燃え上がりそうな色を醸す。
濁酒を盃に満たしながら兼続は呟いた。
そして送られてきた恋文の様な文面に目を移す。
「春毎に思ひやられし三吉野の…」
踊るような筆致は舞い踊る桜の花弁の如く。
「…花は今日こそ…宿に咲きけれ…か…」
和尚の所で一目見かけてから、そう日は経っていない筈なのに。
この大虎と呼ばれる男の傾奇者ぶりは例を見ない。
「失礼致しおす」
若女将だろう、襖の向こうに声が聞こえて山水画の描かれた襖が引かれる。
紹介を受けたときもそう感じたが、息を呑む様な立派な男だ。
後ろで襖の閉まる音がし、兼続は寄越した文を畳に滑らせ一瞥もせず言った。
「…貴殿は御上の言葉を借りぬとも歌の一つぐらい吟ぜよう…?」
慶次は少しばかり笑みを零して、袴捌きをして座る。
「……では、貴殿と桜を見たいと素直に言えば、おいで下さったと言う訳で?」
「…来なかったろうな……あまり和尚を困らせるのは戴けぬ…顎で使うとは…」
「仕様がねぇだろう?和尚が口を割らねぇのが悪ぃ。」
写本が終わり、寺に迷惑をかけたので何か供物をと借家で考えていた折。
貴方様は罪なお方だと和尚自ら私を訪ねて、文を届けて下さった。
恐れ多いとはまさにこの事。
仏の御弟子に何たることをさせたと思うと同時に、何たる事をさせると不躾を憎んだ。
「…炎が花を求めても己が色で…焦がすが、焼き尽くすしか出来んのだぞ?」
窓の外の松明に彩られる妖しい桜を見ながら兼続は言った。
「…花は其れを待ち侘びてる。誰か早く染めてくれとな。」
「……思い上がりも甚だしいとはこの事だな。」
慶次はそう言われて眉を上げると、仕方が無いねぇと窓の桟に手をかけて外を見ろと促す。
兼続は呼ばれて、しょう事無し窓際に寄る。
窓の外は夜風が吹いていた、桜に香りなど無いのにまるで匂いを誘うように緩やかに。
慶次が急に、ほら。と指差す。
風に千切られた花弁が、誘われるように松明に飛び込んだのはその刹那。
「…あんたも、また然り。」
気付いた兼続は障子に掛けていた手を突っ張った。
だが慶次に手を捕らえられると荒く引き戻され、障子に押さえつけられる。
「自分を花と喩えるあんた、少々高慢じゃぁないかい?」
兼続は咄嗟に小柄を抜いて慶次の首に当てていた。
松明の橙色の仄明かりが、それにも怯まぬ猛々しい顔を照らしている。
「心配すんな、無理矢理なんて趣味じゃねぇ…いずれはあんたから、俺を求めるさ。」
慶次が去った部屋で、兼続は吐かせ…!と唇を噛んだ。
窓の外では桜を喰らった松明が、一層妖艶に燃え上がる。