逍遥
如何程に待ち侘びた事であろう。
一昨年から植えた百花の王が満開になり、慶次は嬉々として摘んでは籠に収める。
そしてその花弁を一枚一枚丁寧に剥がして笊に仕分けているのである。
客間には既に夥しい数の笊とそれに大量の牡丹の花弁。
さらに最近の妙に落ち着かない慶次に、小間使い達は頭を傾げるばかり。
しかしながら、人の心は本人の知る由ではない。
「…狂気の沙汰よの…」
「…誠にのぉ…」
其れよりも、明日の御来客の為に馳走を作らねばならない小間使い達。
何時もの主の奇行もそこそこに、買出しに手伝いにとてんてこ舞いであった。
明くる日。
早朝から馳走を作って、やれやれあとはお客殿と、釜谷で一服していた小間使い達は。
慶次の命で、庵の周りの小高い木の上に登らされていた。
「…と、言うわけで俺の恋路の協力頼むわ。」
そういった具合で、いくつもの笊を抱いて。
竹林の央ばを通る一本道から、供も付けず馬を引いて兼続が現れたのは丁度巳四ツ。
小間使い達は律儀なお方よ…と一斉に春の風に乗せるように笊を振った。
兼続は四方八方から吹く不規則な春風に、赤い花弁が舞いだしたことに気付いて足を止める。
どうしたのだ左右に頭を振るが、側には牡丹を見つけることは出来ない。
訳も分からず空を仰ごうとした刹那。
「兼続!今日は俺の為に悪いねぇ!」
庵の外、一張羅で手を振っている慶次が我慢できずに駆け寄り微笑んだ。
舞い散る花弁を纏いながら、心底嬉しそうな慶次に兼続は一瞬言葉を奪われる。
「な、なんなのだその大仰な形は…!そういうのは江戸に上る時に取っておけ!」
だが慶次の考えとは裏腹に、兼続は色気も糞もない言葉で勿体無いと柳眉を逆立てる。
小間使い達はその会話を不本意ながらも聞いてしまい、苦笑いしながら残りの花弁を風に逃がした。
「そなたな…私を遠乗りに誘ったのではないのか?松風にそれでは乗れぬぞ…」
「…そりゃまぁ…そうだが…、着替えてくるよ…」
悄気り返ってとぼとぼと庵に返る慶次を見送り、兼続は振り返った。
舞い狂う花弁の中、雪を欺くような肌を仄かに染めて唇を噛みながら。
「…全く、蹌踉めいたなら…如何してくれる…」
小間使い達は顔を見合わせ、上手くいったと思いながらも、どう降りようかと思案していた。
終