瑠璃立翅





瑠璃立翅



千代に寿げ一対胡蝶
流転輪廻を司れ

暇があれば側に居たい。
それは、恋仲なら尤もな考えではないだろうか。
世間を憚るならなおのこと顕著に。
「左近、入るぞ」
三成は襖に手を掛け、返事を待った。
親しき仲にも礼儀有り。
三成はその心得を念頭に、最低限の配慮はしているつもりである。
軽く十数える位には待った。
しかし、襖の向こうからはうんともすんとも聞こえて来ない。
…まさか真昼間から船を漕ぐなど…
無いとも言えないと三成は小さく微笑んだ。
左近はあれでいて神経質なのだ。
気苦労は多い筈なのである。
「…俺だ、入るぞ」
もう一度だけ確認をとり、襖を引いた。
「………殿、…お久しゅうござりますな」
三成は、思いがけない襖の奥の世界に面食らった。
部屋に乱雑にばらまかれた、夥しい数の千代紙。
見た限り、どれひとつとして重複していない徹底ぶり。
まるで、錦に色付いた椛が降り敷いているようではないか。
「…とち狂ったか、左近…」
「第一声がそれですか」
左近は部屋の奥らてで面白くないとの顔をした。
しかしそれは、本当に不快と言うのでは無い。
期待外れと言った感じだ。
「…趣向が凝らされ美しいでしょう?」
左近は、手近の千代紙を撫でた。
そりゃ、確かに綺麗である。
華やかなものもあり、淑やかなものもあり。
しかしだな。
「…用途が分からぬわ。…おのこの部屋に…不気味でもあるぞ…」
怪訝そうに三成は溜め息を吐いた。
これが、惚れた男なのだと思うとなんだか情けない。
三成はその場にしゃがみ込み、千代紙を集め出した。
「…殿、余りにご無体な…」
左近はわざと大きく落胆した。
その間も、三成は紙を拾い続ける。
ある一枚を拾い上げた時、四方形ではない物体が顔を覗かせた。
「…蝶…?」
三成は片手で摘み上げる。
途端に左近の顔色が変わり、千代紙の波を踏み分け近寄ってきた。
「…ぁ?左近!?」
余りに唐突だったので、三成は吃驚して蝶を落とした。
「…いゃ、これは…その…ははは…」
左近の顔はあからさまに動揺を隠せていない。
唯の瑠璃色で作られた蝶を、左近は右手で床に押し付け見えなくした。
同様に、左手も未だ集めていない千代紙の上に力を込めて置いて居る。
「…一体全体何なのだ…」
三成は左近へのなすべき処置が分からずお手上げ状態である。
「…その形、まるで蛙だぞ…間抜けな…」
目配せで、止めろと合図を送る。
しかし、頑なに左近は動かない。
千代紙を折っていたことに恥ずかしさを覚えたのだろうか。
将又、それが蝶という夢見がちなものだったからだろうか。
三成は、訳の分からなさと苛立ちに任せて左近の左手を除けた。
すると、今度は先程より少し紺色の強い蝶が千代紙の波間から姿を表した。
左近の顔は完全に明後日の方向である。
「…左近、掻い摘まんで説明しろ。」
左近は黙って瞳を伏せたが、やがて諦めたのか右手を浮かせて瑠璃色の蝶を拾った。
よく見てみると、三成の片手にある蝶も、左近の片手に摘まれた蝶も同じ折り方だった。
三成はそれに気付き左近に問う。
「どうして番ではない?」
蝶や鶴は、赤と白等で雄雌区別を付けて番にするものである。
折り方も若干代わるものなのである。
なのに、この蝶は微かに色が違うだけで。
しかもこれはどう見ても雄蝶が二匹なのだ。
「観念致せ、左近」
三成は、視線を絡めない左近の顔を下から覗きこんだ。
「…本当は、もう少し上達してから、と思案してたんですがね…」
思いの外、悲しそうに左近が呟いたので三成は驚いた。
「殿に差し上げようと思ったんですよ」
左近はそう言うと、あぁあ。と悔しそうに胡座をかいた。
三成は、掌の蝶を見てから左近を見やる。
そして、もう一度蝶を見た。
よく色の似た蝶。
両方とも雄。
だが二つあるから、対…
刹那、三成は小恥ずかしさに頬を染めた。
一瞬の出来事。
「…この、阿呆ぅ………」
俯きながら、三成は左近の腕をぱしっと叩いた。
左近も照れているのか。小さく、痛いですよ…。と顔を逸せた。
やけに居辛くあるが、どうして幸せで。
そんなことを意識すると、頭が湧いて仕方が無くて。
「…月並なことしか、俺は出来んからな…」
赤ら顔で左近の襟を引っ張る。
「…大切にする…」
三成は左近の唇に微かに触れる口付けをした。
錦を彩る紙が、風に掻き分けられて更に散らばる。
部屋のあちこちに散在した、色とりどりの千代紙。
今なら永遠に色褪せない四季を二人で往来出来ると思った。