願愛不移若山





願愛不移若山



どうか何時迄もお前の思いが
移らぬ山の様であったなら

殊更言うに及ばない。
それは、分かりきっていること。
けれど…
「殿?」
あまりに熟視されたのが堪えたのか、左近は顎に手を持っていき呼び掛けた。
三成は我に返ったが素っ気なく、何だ?と聞いた。
左近はこっちの台詞ですよと言わんばかりに真一文字に口を噤む。
三成は己の心に叱咤した。
まるで、物をせがむ童ではないか…!
小さく頭を左右に振る三成を見て、左近は余計に訝しげに感じられたらしい。
「おっしゃられては如何ですか…」
口角を少し上げ、眉を下げる。
あぁもう、そんな顔しないで欲しい。
三成は下唇を噛んだ。
「……何かありましたな?」
兵法の書物を伏せて、左近が重ねて伺う。
「…いらん気をまわすな、有難迷惑だ。」
ふいっと顔を逸らして、読んでいた本で追い払う仕草をする。
あぁ、なんと天の邪鬼…
今ならいつもの形容されている言葉を信じることが出来る。
しかし、どうしても素っ気なくしてしまうのだ。
左近は徐に近寄る。
「…殿、俺を困らせて愉快ですか?」
顔を傾け、笑みを湛えながら覗く。
憎たらしくも、俺の頬に手を添わせながら。
楽しんでいるのはお前ではないか。
不躾に心に立ち入り勝手に踏み荒らし音も無く出て行く。
いつもそうだ。
決してお前は俺に心を残さない。
俺の心を持ち去るのみ。
「…癪に障る……」
歯痒い。
三成は上目使いで左近を睨む。
左近はやれやれと言った感じで溜め息を吐いた。
そして思索するようにきょろきょろと辺りを見渡し唐突に呟いた。
「睨み付ける程お嫌いでしたなら、この左近早々にお暇させて頂く」
すると頬から手が離れ、衣擦れの音とともに左近が遠のいた。
読み掛けの兵法書に指を挟み手栞にして、左近は膝を立てる。
行かないでくれ。
喉までくるのに声にならない。
これ以上…
三成は前のめりになり手を突き、もう片方で左近の羽織を捕まえた。
これ以上…つれない仕打ちをしてくれるな。
「…殿、せめて仕草と物言いを一貫してはいただけませんかね?」
その口のききかた。
腹立たしい。俺を手玉にとって転がして。
「…分かっているくせに…!」
三成はぐいっと羽織を引き、なおも睨んだ。
駄々を捏ねる子供をあやす気分なのか、立て膝のまま向き直り左近は三成の頭を撫でた。
「…左近の何が不満で?」
更に強引に羽織を引き寄せ、左近の胸板に頭突きを食らわせた。
左近は一瞬よろめくものの、優しく三成を受け止める。
「…まず、その、猫撫で声だ…」
お前は小さく相槌を打つ。
「…それから、軽口……」
頭突いたなり俯きながら不平を並べる。
「…誑し込む振る舞い…」
左近は、三成の異変に気付き背中を撫で始めた。
「…どうして、俺なのだ…っ」
三成は左近の羽織りの両脇を握り締め咽び泣いていた。
布に雫が落ちる音がやけに響いて。
遣る瀬無さに拍車がかかった。
「…どうして俺を好きだと言ったっ…」
お前が俺にそんなこと言わなければ。
居ない間に焦がれる事も。
見知らぬ誰かを妬ましく思うことも。
ましてや、お前を思い泣き崩れる事も無かったのに。
「…人が人に惚れるのに、理由が要りましょうや」
左近はそう言うと力任せに三成の腰を抱き寄せ自らの膝の上に座らせた。
一段高くなったせいで、胸に押し付けていた三成の頭は所在を無くす。
仕方なく顔を伏せている三成の額に、左近が己の額を合せた。
「………俺の何処が良い?」
ほとんど唇の音しか聞こえない程の小さな問い。
「…嫉妬に狂う、この俺の…何処に…」
左近は何も言わずに唇を重ねた。
軽く合せただけなのに余韻と言う言葉では役不足で。
唇は燃える様な熱さを留めた。
「…嫉妬に狂う必要など…むしろ、俺の気苦労を安ぜて下さいませ」
左近の瞳が俺を見上げて細まった。
「…何を安ぜろと言うのだ…」
話をはぐらかされた気がして、凄んだらまた目に溜った涙が流れた。
「…殿が誰かに手篭めにされないかです。」
左近はさも当り前の様に言ってのけた。
「…、そっそそそのような事ある訳が無い!」
三成の涙はぴたりと止まった。
何を言っているんだこの男は…!
吃らなくても…と左近は苦笑う。
「そんな心配ばかりで側に居ない時は落ち落ち寝ても居られませんよ」
左近は三成の後頭部に手を掛け自分の口元に寄せた。
「左近は殿に首っ丈ですよ」
言いながら、左近は三成を優しく包み込んだ。
「…馬鹿者…質問に答えぬか…」
三成はそう呟き付け足しのように、好きだと言った。
願わくば左近の恋心の欠片が欲しい。
欲を言うなら片割れが良い。
我侭が通るなら左近の心の総てが欲しい。
そうしたなら。
きっと左近は動かない山の如く、俺の側で居続ける筈なのだから。